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誰が押してもかまわないから #ことば展覧会

その日もいつも通りの日曜日、のはずだった。
掛時計の短針は1と2の真ん中あたり。朝はとっくに終わっている。

ここまで、いつも通り。

週明け提出のプレゼン資料を作り終え「じゃぁ、げつあさ9時半にビルの下で」と約束してタクシーに乗ったのは深夜2時。街路灯を頼りに鍵を開け、シャワーを浴びて生乾きの髪のままベッドにダイブしたのは、何時だっけな。

ふにゃふにゃの髪が頬にまとわりつく。窓から差し込む日差しに今日も晴れかと思う。階下で聞こえる妹の声。切れ切れの単語から察するに、新居近くにできたベーカリーのカレーパンが両親へのお土産のようだ。義弟はゴルフ。

会話に混ざろうと起き上がる、はずが…あれ。

一度大きく体を伸ばしたところまでは覚えている。

次に気付いた時にはもう暗くなっていた。


広告作りが好きだった。クライアントの出す難題をチームで解く。アイディアを持ち寄り、合わせたり削ったりしながら方向性を決めたら、絵、文字、進行管理など各々の得意なジャンルに分担して進めていく。『餅は餅屋作戦』と名付けたその方法は、相手への信頼はもちろん、お互いの経験値が似ていないと成り立たない。私たちのチームはちょうどいいバランスだった。それはとてもラッキーなことで、私はもっと仕事が好きになった。

ある時、新人が入ってきた。致命的だったのは、みんなが後輩の指導というスキルを持っていなかったことだった。なんとなく役回りを引き受けた私は、日中をその子と過ごし、同僚が帰った後で自分の作業をするようになった。

とてもいい子だった。だからこちら側に引き上げてあげたいと思った。でも、モノ作りの現場で私に教えられることは結局、作業の進め方くらいだったのだ。それに気づいた時には心が止まりかけていて、起き上がる力はもう残っていなかった。



「遊びに行こう」私を連れ出そうとする妹夫婦。
ベッドに座ったまま私は泣いた。


仕事がしたい。クライアントの期待に応えたい。だけどやることがいっぱいあって、みんなだって忙しくて、夜中の事務所はすごく怖くて。でも…でも、慕ってくれるあの子の手も離したくないんだよ。

思いが一気にあふれ出す。



最後の言葉が宙に吸い込まれるのを待って、義弟が言った。



「チビなんだから背伸びすんなよ」





言葉って、スイッチ。


「これ以上はもう無理」
絶対こぼすまいと決めていた言葉を翌朝、仲間に渡した。
驚いた目が私を見つめる。


「もっと早く言えよ」
「今、抱えてるのどれだよ」
「ごめん、気づかなくて」


次々に言葉が飛んできた。




もう20年も前のことなのに、今もはっきり思い出す朝の景色。
モノトーンのオフィスに少しずつ蘇っていく色は、
どんな画材でも描ききれそうにないほど鮮やかだった。






時にはスイッチを誰かに任せてもいい。
スタートもリスタートも、ストップだって。


そこから広がっていく明日を、
自分でゆっくり作っていけばいいのだから。








*****


こちらの企画に参加させていただきました。



「言葉って、◯◯」この形式で言葉への思いを語ること。
『ことば展覧会』の記事を見つけた時、真っ先に浮かんだのはこのエピソードでした。

私は言葉が好きです。渡すのも、もらうのも。
言葉には人を元気にする力があると信じているから。

きっとそれは量ではなくて、温度のようなものなのでしょう。言葉には、場面に応じた適温があるような気がするのです。

たった一言が気持ちを動かすこともあれば、いくら言葉を尽くしても届かないこともある。渡す相手の心が、もらう自分の心が、心地よいと思う温度でなければ通り過ぎてしまうだけ。

どんなに気をつけていても傷つけてしまうことがあるのならせめて、相手の適温を見定めたいと思える自分でいたい。そんなことを願った夜でした。

拝啓 あんこぼーろ様、素敵な企画をありがとうございました。






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