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バンド活動8 チャンスの掴み方

メンバーの限界は薄々感づいていた。
しかし、バンドはここで大きなチャンスを得る。それも3つも。

このチャンスをどうするかで、バンドがもしかしたらたくさんの人に認知してもらえるかが変わっていたと僕はおもう。
もしかしたら、音楽に集中できる環境を獲得できる。そんな淡い希望をいだいていた。

しかし、これはどれも失敗する。

オムニバスCD参加

東京のライブハウスに出まくったおかげで、オムニバスの話が来る。
このライブハウスは多方面に顔が広い。いろいろなアーティストが参加するとのことだ。
実際、今Mステに出たり、1万人単位のライブを開催するようなバンドも参加していた。
このオムニバスに参加することで、僕らの音楽が、僕らのことを知らない人に届く。
それは、とてもバンドにとってのチャンスだった。

僕「このCDには、自分たちの1番自信のある、あの曲を入れるべきだ。」
社「あの曲は俺の入る前の曲だ。いつもの盛り上がる曲を入れる。第一、レコーディングしなくちゃいけないじゃないか」
僕「すればいい。盛り上がり曲はハッキリ言って俺らじゃない」
社「もう、遅い。この曲でいく。」

バンドの決定権はハッキリとしてきた。
盛り上がり曲を入れても大して変わらない。その僕の予想は現実になってしまった。
せっかく、全16曲のうちの前半に入れてもらったのに、何も手応えのない結果になった。
それでも社長は満足そうなのにはゾッとした。

音楽事務所の誘い

オムニバスの結果は大して得られなかったが、東京でのライブは定期的に行っていた。

・・・毎回高速道路代を払いながら。


チャンスが訪れる。


遠く離れた東京でも、ファンが付き出す。
ひいきにしていたそのライブハウスには、音楽ファンが根付いている。
音楽ファンに認められるのは、うれしい。自分たちのライブは自信を持って誇れる。これはメンバーみんな思っていたとおもう。

「1度お話しさせていただけませんか」
バンドのホームページに連絡が来た。

東京のレコード会社兼、事務所からのうれしい連絡だ。
脱退の話はそれとなく伝えていたが、もし、この話が進んで、音楽に邁進できるのなら多少無理をしてでも続けていったかもしれない。

とあるライブの出番後、ライブハウスの入る雑居ビルの非常階段で話をする。
所属アーティストは知らない人ばかりだったが、この人は僕たちの音楽で商業するのに耐えれる、そう感じていたのだろう。
むしろ、前のめりだった。他の事務所に先に取られないように、といった方がいいくらい、そんな雰囲気だった。
僕とショウが自信を持って演奏していたタクヤ時代の名曲がおきにいりらしい。

「あの曲は、もっとたくさん人に聞かせるべきだ。新曲もたくさん作って欲しい。それにかかるレコーディングもプレスも流通もこちらにお任せしてもらえれば」

渡りに船だ。
今でこそ、ネットが発達していてバンドを認知されるのは簡単だけど(それでも難しいとおもうが)、どこのライブハウスで見てもらったかわからないが、音楽関係者と接触できるのは、難しい。
これは、ガムシャラにライブやっていたおかげか。

社「残念ですが、僕たちは全部自分たちでやります」

!!!
何を言い出すこのバカは!!

なんでも、自分たちでCDを作って、プレス流通グッズ。全て自分でやりたい。そうだ。

それと、この音楽関係者の人、無名だから。
そういうニュアンスの言葉を、言っていた。

やっぱりこいつはこのバンドにとっての癌だ。

こうして、この話は、流れた。
ショウも、半分あきらめた表情だった。

決勝戦

その話の後、僕は脱退の意思を伝える。
社長は、ショウさえいればいいみたいで、ドラム探さなあかんな、とどこか嬉しそうだ。

ショウは話があると僕を人のいない場所に連れて行く。

シ「俺は、お前以外のドラムでバンド組む気ないから。お前の金銭面が解決するまで待ちたい」

僕「それはダメだ。ショウちゃんのうたはもっとたくさんの人に聞いてもらわなくてはならない。僕が金銭面で迷惑をかけているのは申し訳ないが、その時間は
ショウちゃんとライブに来てくれるみんなのために使って欲しい。時間を無駄にするな。
それと、僕はあのギターとやっていく自信はない」

そうやって無理やり納得させた。

正直、ここまでやってきて、手応えみたいなのはあった。やり続けていたら形になっていただろう。
だって、あの曲は最高なんだから。

自分たちで最高の音楽を作っているあの時。
確かに無敵だった。

でも、信頼の置けないメンバーとはやっていけない。それが強かった。
自身の金銭問題を棚に上げて何を言っているのか。いや、夢が見えてる状況ならどうにかしていただろう。

そして、脱退が決まった。

意気揚々と、新しいドラムを探す社長。どこか楽しそうだ。
しかし、手前味噌だが、僕のドラムはコーラスが売りだ。見つかるかな?

すぐ見つかった。

なんでも元有名バンドらしい。社長らしい即決だった。
とりあえずコーラスはなくす方向で行くみたいだ。
とりあえず、他人事のように見守った。僕はお別れツアーまで帯同だ。

その時、社長がどこからか県内のラジオ局の主催する有名コンクールの話を持ってきた。
音源を送って、無事決勝のコンサートホールに進出を決めたみたいだ。
何事も勝手に進めるね、この人は。

このコンクール。実は若手登竜門。
戦友である地元バンドたちは残念ながら全員落選。実はかなり難しいコンクールなのだ。
優勝者はバックアップのもと、音源を流してもらえるらしい。

これは誰が見てもチャンス。
そこでも意見がぶつかる。

社「バンドのこれからを考えて、新メンバーの方で行く。」

ショウ「この審査に通った音源は新メンバーではない。曲自体も覚えてないし、コーラスもない」

社「決勝まで2週間ある、どうにかなるだろ」

僕「どっちでもいいし決めて、出るなら練習するし、出ないなら仕事の予定組むし」

結果、お披露目を兼ねて、新メンバーでとの事。
決勝戦へ。

大丈夫か?

僕は外からバンド見るのが嫌だったので、行かないつもりだったが、当時の彼女がバンドのファンだったため、無理やり連れて行かれることに。

結果はさんさんたるものだった。
全てが、から回っていた。
チューニングもボロボロだし、ある意味恥ずかしかった。

残されたメンバーからしたら、僕のせいになっていることだろう。それは仕方がない。

ショウ曰く、新メンバーも無理っぽいこと言ってて、出たくなかったようだ。
他の落選した方々、遠くから応援に来てくれたファンのみんなには申し訳ないと謝っていた。

最後に神が与えてくれたチャンスを、つかめずみんな意気消沈だった。
社長のワンマン体制。
はたして、ショウは耐えられるのだろうか。

余談だけど、今回優勝したグループ。
見事に売れた。フジロックにも出ている。
元々実力もあったが、しかし、僕らも本当は彼らに対抗できる力は持っていたはずだ。

終始たらればで申し訳ないんだけど、人生はたらればの連続だ。

後ろを振り返るな。

言いたいことはわかる。

それは強い人の”いいわけ”だ。


いいものを持っているのに、操縦がうまくいかないとダメなんだ。

こういう状態に持っていったショウと僕の責任でもあるんだろう。


そうして、僕らはチャンスをみすみす逃すことになった。

もし、音楽をやっている人がこれをみたら、こう言いたい。

「チャンスは鼻先をかすめるようにいきなり飛んでくる

それは準備と心構えでつかむことができる

自分一人でできることには限界がある

たくさんの人に聞いてもらえるチャンスはどんな形でも掴め」


だから僕は、夢をつかんでいる人を尊敬する。




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