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勉強してんのに生麩も知らんのかボケ!

高校3年の夏、あまりにも高望みな志望校に願書を出すせいで塾の夏合宿に強制参加することになった。富士山のふもとで4泊5日。横浜から出た送迎バスの中では英単語200語をみんなで3時間合唱し続け所から始まり、これから始まる合宿過酷さに私は怯えた。
「あまりにひどかったら、こっそり脱出するか」
そうヌケヌケと考え、バスの中でbamboo(竹)と叫んでいた。

合宿所に着いてそうそうスマホを回収され、
「この付近ではクマが出没します。決してこの合宿所から出ないでください」
という管理人からの挨拶。
どうやら脱獄を許さないらしい。
クマが出没するところにわざわざ宿を立てた管理人はどういう神経しているんだろう。

授業は1日に2時間×4回、テストが30分×4回であり、隙間時間で英単語を発するルールがあった。これ+自習で1日の勉強時間は22時間あったのを覚えている。東進で馴染みの林修が見たら「きちんと寝た方が学習しますよ」と忠告するレベルの詰め込み具合である。怒ってくれ、修。

貴重な睡眠時間2時間も相部屋のしゃべりでロクに寝れず、合宿1日目で寝不足ゾンビが誕生した。それに加えて食事は毎回同じメニュー。カレー、中華丼。カレー、中華丼。何を楽しみに生きているのだろうか。
他の受験生も寝不足ゾンビになっている。この環境で人間でいられる受験生には賞賛を与えたい。

ゾンビたちは自習時間に睡眠をもとめるようになった。少しでも人間になろうとしたのだろう。そこで教師からの喝が飛んだ。

「お前ら飯食って、寝て、まるで豚みてーじゃねえか!!!!」
「いや、豚でもいいから寝かせてくれ。」と口に出しそうになった。
きちんと寝ている教師の言葉など誰にも響かない。馬の耳に念仏、ゾンビに喝である。

なんだかんだゾンビたちは必死に勉強し、ついに5日目を迎えた。この生活を続けるとなんだかんだ慣れる。最終日に至っては誰も眠らなかった。

最終テストが終わり、昼食を食べ送迎バスに乗る事となった。管理人も気を利かせてか、この日はカレーではなく高級弁当を用意してくれた。そこにはサクサクに揚がったエビの天ぷら、ピンクのはじかみ生姜が付いてる焼き魚、花形に切られたニンジンの煮物。我々に失われた食の楽しみがあった。

一心不乱に食べる受験生たち。この日は誰も単語帳を出さなかった。うめ…うめ…と食べ進めていく中、私はもちもちの生麩田楽を食べた。
「この生麩結構うまいな」
そう言ったとたん周りの受験生たちが
「これは餅だよ。」
と言い始めた。

バカ言うな。
だってこれだぞ。

これ

生麩田楽っていうんだぞ。
こんな餅料理食った事あるか??
話にならない。

食の経験が少ない子供達にはわからんか(自分と同年代だけど)。と内心思っていると、教師陣もこの会話に入ってきた。

「これは餅だよ。」

おまえら
勉強してんのに生麩も知らんのかボケ!


よくわからない叫びが口から出た。
私は生麩も知らない教師たちに勉強を教わっていたのだ。

10年の月日が経った今でも、夏の季節が来るとこの出来事を思い出す。
あの日詰め込んだ知識は何一つ覚えていない。
しかし、この生麩の思い出だけが鮮明に残っている。
子どもが出来たら生麩で恥をかかせないよう、生まれた直後に教えようと思う。これは餅じゃないぞ、生麩だってね。

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