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手裏剣を作ってみた話

私が手裏剣術の稽古を始めたとき、すでにいくつかの手裏剣が手元にあった。
父親が武道をしており、手裏剣もその稽古内容に含まれていたからだ。
手裏剣を練習したい旨を伝えたところ、三種類の手裏剣を貸してもらうことが出来た。
一つは全長15.8センチ、太さ6ミリの四角形で切っ先が長く、尾部が少しすぼまった形状のもの。
もう一つは全長16センチ前後、尾部すぼまりで先述と全く同じ形状ながら太さが8ミリほどの少し太型のもの。
最後は全長15センチ、太さ6ミリ、先端を尖らせただけのシンプルな完全四角形の形状をしたもの。
この三種類をベースに、道場にあった全長19センチ、太さ7ミリの四角形や全長15センチ、太さ6ミリの丸型の手裏剣なども複合して手裏剣の練習を始めた。
ちなみに手裏剣の打ち方は所謂「口傳」である。
習うより慣れろ、身体で覚えろ。つまり、完全な手探りから始めたと言っても過言ではない。
最初のころなどはそもそも打法すら確立できていないし、再現性など求められるものではない。刺さったり刺さらなかったり、結果がよくても打法がいいのか手裏剣がいいのかもわからないような状態であった。
そこから正しい打法について勉強をしながら稽古を繰り返した。
ある程度手裏剣が的に刺さるようになってきたころ、手裏剣による違いを朧気ながら感じることが出来るようになった
とりわけ、太さが同じで長さは8ミリ程度しか変わらない二種類の手裏剣の飛び方に関心を魅かれた。完全四角形の手裏剣は立ったまま的に飛び出すが、尾部を絞るように削った手裏剣はそれよりも回転しやすい。これが長さ来る影響か、尾部を削り込んだ影響か、はたまたその両方なのか。そんなことを考えながら手裏剣が飛んでいく軌跡を必死で追った。

ある程度手裏剣が的に集中的に刺さるようになったとき、一つの問題が顕著になった。
手裏剣の傷である。
金属というのは焼き入れをすることで硬くなるが、硬いものは折れやすい特性がある。日本刀はこのぎきぎりのせめぎ合いを見切って焼きを入れるから芸術性のみならず「折れず曲がらず」と言われるほどの実用性を兼ね備えている。そして、どうしてもいうときには「曲がる」のである。
手裏剣はというと、この焼きを入れないものも多い。つまり、見た目ほど硬度は高くないものが多い。これは使い捨ての武器のイメージが強かったことから製造コストを抑えた結果ではないかた私は考えている。焼きを入れるのは先端だけというものもあるが、これは加工の途中で研磨などの摩擦により「結果として入ってしまった」ものも含まれている。そんなわけで、手裏剣は尾部よりも先端の方が硬いこともままある。
的に刺さった手裏剣は尾部がこちらを向く。そこに次の手裏剣が当たったとき、当然柔らかい尾部が傷つくことになる。
尾部は持ち手であり、この傷は放っておくと手のひらや指の怪我につながるので砥石やヤスリなどで研磨しながら使う。
それでも細かい傷がたくさんつくことは避けられないし、何度も研磨しているものだから黒っぽい色の手裏剣が鉄本来の鈍色になって来てしまった。
借り物であることを考えてもこれ以上傷をつけるのは気が引けた。
そこで自分の手裏剣を入手しようと考えた。
私は最初から複数の手裏剣を手にして比較しながら稽古することが出来たから、自分が好きなものや成功確率の高いものなどもなんとなく把握することが出来た。インターネットでも様々な手裏剣が販売されている。自分にとってのベストを求めて探し始め、どこで購入しようかと様々なサイトを見て回った。ちょうど、同時期に手裏剣の稽古を始めた仲間たちも各自が手裏剣を購入したり代用品を模索している真っ最中であった。

今でこそ非常に良心的な価格の場所を見つけることが出来るが、その当時はまだ情報も少なかったのでなかなかいいところも見つけられなかった。
そうこうしているうちに手裏剣の稽古を始める仲間が一人また一人と増えてきていた時期だった。
もし、ある程度の品質とバランスを持つ「使いやすい手裏剣」を安価に大量生産することが出来れば私だけでなく仲間内でも使われるだろう。そうすれば手裏剣に興味を持っているが踏みとどまっている人にとっては手裏剣の練習を始めるきっかけになるのは間違いない。
ちょうどいいものがないなら作るしかない。しかし、手裏剣は品質の均一化が難しい。一点ものならともかく大量生産は個人では難しい。ならば、大量生産出来るところを探せばいい。
そこで金属加工業者や個人の鍛冶屋、包丁やナイフなどを扱う職人などに片端からコンタクトを取り手裏剣を作ってくれる場所を探した。
この作業は想像以上に大変だった。
作るものが手裏剣と聞いた瞬間に「あー、武器だね!ダメダメ」と言われることがほとんどだったし、引き受けてくれてもとんでもなく高額な見積もりとなる。大きい企業や工場などは当然ながらそもそも個人を相手にはしてくれないことがほとんどである。嘲笑も少なからずあったが、当然と言えば当然だ。いきなり電話を掛けたり訪ねてきては「手裏剣を作ってくれ」なんて言う人間の方がどうかしている。
巷で販売されている手裏剣が決して安いものではないのは、あれが適正価格である理由がきちんと存在するのである。
しかし、あきらめていては進めない。
近隣から足を延ばし、ホームページなどを頼りに個人の依頼を引き受けてくれそうな精密機器製造会社兼工場をようやく見つけた。
電話でアポイントを取り、手裏剣の見本を手にして訪問した。
その会社はこちらの話をしっかりと聞いてから「会社の技術として出来ること」と「出来ないこと」さらに「やって出来ないことはないけれども途方もなく労力と金額が掛かるもの」などを説明してくれた。
私の要望の「コストを可能な限り抑えて大量生産」をするためのアドバイスもしてくれた。
私が持っていた手裏剣は四角形や丸形がほとんどだったが現在の精密機器加工の現場では六角形の金属棒を使うことが多いということを初めて知った。
加工の為に金属棒を固定するマニピュレーターが3点固定式らしく、3の倍数の六角形が主に使われること、また、六角形は平面の箱にも収まりがいいので輸送の観点からも重宝されていることを知った。
逆に四角形で作ろうとするとまずは治具を作るところから始めないといけないねと言われてその治具の見本も見せてもらった。
コストを抑えるには六角形の金属棒がすでにあるからこれを使えばいいと言われ、六角形を採用することにした。切っ先は簡単に削るなら円錐加工にすればいいことも教わった。話を聞いてくれ、現実的な提案をしてくれたことに感謝を伝え、試作品を作ることにした。
製作の目標は「気軽に本格的な稽古用具を皆が使えるように」であったので、中庸的なバランスの手裏剣を作ることにした。
その時、私が持っていた手裏剣の平均的な長さと太さ、そして仲間が使っている手裏剣の長さや太さ、形状などを参考に全長15センチ、太さ6ミリで製作してみることにした。これは同じバランスの四角形の手裏剣がすでにあったが四角形と六角形の差はかなり大きく感じたのでまずはこの寸法で試すことにしてみた。おそらく「倒れやすさ」は大きく違うという確信はあった。

試作品の完成は待ち遠しかった。
完成の知らせを受けるとわくわくしながら受け取りに行き、道場に戻るとさっそく試打してみた。
思った通り、倒れやすさは寸法上似ている四角形のものとは全くの別物だった。私にとっては非常に具合がいい。何よりも六角形が想像していた以上に手に馴染んだし、四角形でずっと気になっていた問題点も解消されていた。そのまま数日間、練習を繰り返した。
このままでも非常におもしろいものではあったが課題があった。それが刺さりやすさである。
先に的に刺さった手裏剣の隣に次の手裏剣が刺さった時に衝撃で落下してしまうことがあった。
これは切っ先の研磨角度が浅すぎたのだろう。そこで切っ先の部分をもっと細く長く改良することにした。しかしいたずらに細く長くするわけにはいかない事情がある。棒状の物体は切っ先を削れば削るほど、その重心は中央よりも後ろ寄りに移動してしまう。全長15センチ、太さ6ミリというのは手裏剣としてはただでさえ「倒れにくい」バランスなのだ。これが後ろ重心が強くなればさらに倒れにくくなることは目に見えている。
そこで、5ミリずつ切っ先を長くした試作を再度作り様子を見ることにした。そして、その結果を見ながらさらに5ミリ切っ先を長くした試作を作り、倒れやすさを損なわないまま切っ先を長く取るバランスを決定することが出来た。ミリ単位で加工が出来るというのも精密加工の強みである。
余談だが、工場製品が小ロットで対応しにくいのは単純に手間が掛かるからである。それは価格に転嫁される。つまり、小ロットで作るほど高いし、数をまとめればコストダウンも可能というわけである。試作品が一番高いのは仕方がないことである。開発費という言葉にはこの試作品のコストが大きく関わっていることをこんな経験から改めて知ることになった。

こんな紆余曲折とトライ&エラーを経て私の考える中庸的な棒手裏剣は完成した。これを共同製作という名目で仲間と作れば製作費は大幅に抑えられる。そして、これを使った仲間の声をもとに生産回が増すごとに少しずつブラッシュアップも加えられている。
私の六角形棒手裏剣は誰もが平均的に使いやすいものを求めて今もなお進化の途中である。
そして、それとは別に「ただ自分の好み」だけに特化させた手裏剣も作った。それは別な場所でお話ししたい。

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