歩みと手裏剣の関係

手裏剣は立ち止まり、的に向かいじっくり打つもの。
そう考えている人は意外と多い。
実際に手裏剣術に取り組む場合、弓道やアーチェリーや射撃などと同じように打剣の邪魔になるような物音などを立てることなく見守るのがルールであるし、演武などはそんな環境下で行われる。

しかし手裏剣にはもう一つの側面がある。それが武器や武術として捉えた手裏剣術である。
仮に、武器である手裏剣で相手を倒さなくてはいけない状況があったとしよう。
その時に「俺が集中するまでそこにいろ」とか「お前が動いたから刺さらなかったんだぞ」などの言葉が通じるだろうか。
相手も動くし自分も動く。それも上下前後左右あらゆる方向に動きながら手裏剣を打たなくてはいけない状況があったかもしれない。
実際にそんな状況はありえないだろうが、想定の中で稽古をするということは多くの発見がある。

まず、自分も相手も動くということを頭に置いて稽古をすると直打法の重要さや必然性が自ずと理解できる。
直打法は切っ先が的を向いて飛ぶ時間が長いので「刺さる範囲」が広い。
相対するものが逃げるもしくは逆に詰め寄って来れば距離はあっという間に変わる。そうした距離の変化に対して切っ先が的方向を向いてある一定範囲を飛ぶという技術が生まれ、それが基礎と言われるようになったことに納得出来るだろう。

もう一つはステップである。
よく日本の武道では身体をひねる動きはないと言われる。それがどこまで本当かは今も尚、様々な議論がなされている。
鎧を着ていれば腰はひねりたくてもひねることが出来ないので右足と右手が同時に出る順体(呼び方は諸説あり)が正しいとか、刀は右足が前に出るから手裏剣も同じ動きが正しいという人もいれば、結局は投擲なのだから右手と左足が同時に出る逆体(呼び方は諸説あり)の方が力の伝搬がスムーズなので正しいとかそれぞれに言い分がある。
結局何が正しいかはわからない。しかし、少なくとも歩きながら手裏剣を打つとどちらの足が前にあろうと関係なく打剣せざるを得ない。どちらが正しいかわからないなら両方できるようになっておけばいいだけである。歩きながら打剣をする練習を取り入れると、ステップなどあまり気にせずどちらの足が前だろうと手裏剣を打つ意識を持つことが出来るようになる。

もう一点、身体の使い方を見直すことが出来る。
実際に歩きながら打剣をすると力がより伝わる感覚があるのがわかる。
これは身体が前に進もうとする推進力をそのまま手裏剣に乗せることが出来るからだ。静止している状態から力を出そうとするとどうしても力をタメる方向に行きがちである。結果的に身体を大きくひねることになりかねない。
そこで歩いたまま、進みながら打剣をする。
そうすることで上半身の力加減を変えずとも強い打剣をすることが出来る。むしろ上半身は程よくリラックスした方が足からの力を手裏剣や的に伝えやすくなると言える。
また、静止しての打剣でよくあるのが踏み出した足を突っ張り棒のようにしてそこで身体を止めてしまう動きである。踏み出した足が軸となりそこから身体が回転してしまうので野球投げか、もしくはテニスやゴルフのスイングに近い動きになることがある。これは踏ん張っている足、膝、股関節や腰に負荷がかかりやすい上に身体をうねらせる動きになりやすい。手裏剣の打剣に関しては膝を柔らかく目標方向に抜いてあげたほうが身体への負荷は少ないし力も効率的に使える。そのために歩くのである。あゆみを止めず、動き続ける。動き続けるということはそれだけですでに大きなエネルギーを持っている。考えてみてほしい。例えば体重の軽い女性でも40キロ前後はあるだろう。成人の歩行速度の平均は3キロ程度。40キロの物体が時速3キロ程度で、それもノーブレーキで突っ込んでくるとどうなるか。人間はこれだけのエネルギーを持っている。せっかく大きなエネルギーを持っているのにブレーキをかけてしまうのは勿体ない。足を止めずに打剣するということは大きなエネルギーをそのまま使えるということなのである。

以上のことからも歩きながらの打剣は非常に有効的な練習方法であると言える。もちろん、立ち止まってじっくり打剣をすることも大切だし、演武などではそちらが手裏剣術のみせるべき姿であると言える。しかし止まった状態から動くというのは案外難しい。ゼロから1にするには数字以上に大きな力が必要なのである。しかし1になってしまえば1を2にするのは難しいことではないし10にも100にもなれる。静止から最初の動き出しの大切さを学ぶためにも逆に動く練習は必要であると考える。
私なりのポイントをお話しすると、静止状態のゼロから1にすることはやはり非常に難しく感じている。だから、私は普段の打剣時にもあまり止まらない。一見止まっているように見えても全身が小さく動く、指先をわずかにピクリと動かすだけでもいい。これはゴルフで「ミルキング」と呼ばれるテクニックだが、手に持った手裏剣をわずかに握りなおすだけでも身体の緊張はほぐれて動き続けることが出来る。
そうした動きを徐々に見えないくらいに小さくしてけばいいのだ。そして、身体のどの部分も完全に動いていないように見えても頭だけは動かし続けることもまた大事なことである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?