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Essay~随筆、エッセイ、小論~

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日常の機微を綴ったものや、日本文化や日本語の不思議、歴史や現代社会における哲学的な思考のあれこれを記事にしていきます。
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#社会

「包む」美学と「紙」に宿る心 日本文化とその精神についての雑考

 日本人は「包む」ことが好きだ。贈り物を包む、食べ物を包む、お金を包む、本を包む、骨壺を包むなど、日常に「包む」が溢れている。あまりにも当たり前のものとして受け止めているせいで、気にもとめていなかったのだが、ある時、義母が娘に小遣いを渡す時、ティッシュペーパーでお金を包んでいるのを見て、「包む」というその行為自体が気になりだし、止まらなくなった。  そういった光景は昔はよく見た。お正月、お金をお年玉袋に包んで渡すことはずっと続く風習であるが、お年寄りは紙の袋がないと、ティッ

ニュートンとライプニッツ 微分積分法発明をめぐる争い

 微分積分。高校時代に勉強したが、数学ができなかった私には、何のことかさっぱりわからなかった(笑)。ただ公式を暗記して、テストを乗り切っていたような気がする。今はもうその公式が何であったのかさえ忘れてしまっている。ということで、思い出す意味でも、いったん微分積分の説明を引用しよう。  うーん、何のこっちゃとなる。ざっくり、わかりやすくまとめて頂いている記事があったので、そちらからも抜粋してみよう。  おおざっくりでではあるが、自動車の「距離」「時間」「速度」の関係を例にと

人は誰かに元気をもらい、その喜びを「培養」する スピノザの感情の哲学をヒントに

   今日も大谷翔平がホームランを打った。ナショナルリーグのリーグ優勝決定シリーズ第3戦。ダメ押しの3ランであった。私はいつも、大谷翔平のホームランを打つニュースに「元気」をもらっている。野球に関心があったのは小学生までだが、大谷翔平のニュースをX(Twitter)で知り、ホームランシーンを動画で確認することが、いつの間にか私の朝の習慣と化している。そのシーンを見てから、仕事に向かうのだ。同じような人はけっこういるのではないかと思う。  そのような習慣は、大谷がドジャースに

映しと移しと写しの世界、すなわち現し(うつし)の世界

 前回の記事で私は、旅先の沖縄での体験で抱いた違和感、私たちは情報や記号だけに取り囲まれた疑似的な世界を、ゲームの主人公のように行き来しているだけなのではないか、コロナ以降、個と個のつながりはそれぞれがそれぞれの世界に閉じこもっており、情報で充足された自己完結的な身体を生きているだけなのではないか、そしてそのような行動や思考パターンを規定しているのが、SNSをはじめとしたさまざまな情報メディアによるものではないか、ということを書いてみた。  じつはこのような指摘は、まったく

私たちは「情報」を食べているのだろうか? 旅先の沖縄で考えたこと

   有給休暇を利用して、職場の飲み仲間と四人で沖縄へ行ってきた。  仕事の付き合いがあったのは数年前の話で、今は互いに異なる部署、異なる会社のため、「酒を飲むことが好き」というそれだけの共通事項でつながりをもてている。60を過ぎてもこの関係を続けたいですね、なんて話をしながら、ついこの間、酒を飲むために新潟へ行くことになった。  その旅があまりにも忘れがたく、一年も経たぬうちに、アラフィフのおっさん四人で、沖縄まで来てしまったというわけだ。  私のことだけでいくと、娘

「煙‐けむり‐」の文化人類学 無為から豊かさを生む、呪術的なものとしての煙 

 煙草の先から燻る煙を、「らりるれろ」という形をしながら立ち昇っていくと表現したのは若い頃の中上健次だったか、村上龍だったか、とにかく美しい表現だと思った。書き言葉を主体とする小説ならではの表現である。  煙草は、文学や映画のような芸術表現において欠かせないアイテムである。私も小説を書いていたからわかるのだが、登場人物たちの言葉にできない感情を表現するうえで、煙草を吸わせることは打ち出の小槌のようなものなのだ。悪く言えば、煙草に逃げている、ともいえるかもしれない。  主人

時間だけはお金で買えない、とクリント・イーストウッドは囁く

 今年の夏、家族とは江戸川の花火大会に行き、それから旅行として1泊のみだが横浜へ行った。妻と、娘一人の三人で、毎年必ず旅行には行っている。今年はいろいろあり、近場で1泊のみ、ということになった。  桜木町駅近くのホテルに宿泊し、中華街へ行ったり、よこはまコスモワールドでジェットコースターに乗ったり、夜景を見ながら小料理を食べたり、ラーメン博物館へ行き、伝説のラーメン店といわれる浅草の「来々軒」の行列に並んだりと、それなりに充実した旅となった。  娘は今年でもう15歳である

「運も実力のうち」を、スピノザ的に解釈してみる

通常使われる「運も実力のうち」 「運も実力のうち」という言葉をよく目にしたり耳にします。経営者の格言や、ビジネスの指南書、自己啓発本なんかでもよくあります。  電車ではよく、深見東州さんという方の「運がドンドンよくなる」という少しあやしい(失礼!)広告もよく見かけます。  初代タイガーマスクの佐山聡が、格闘技の合宿の中で、弟子たちに向けて叫んでいるという動画も、YoutubeやSNSでよく出回っていますね(笑)  この「運も実力のうち」というのは、どのような意味とし

私たちの世界はマトリックスの世界なのだろうか

 1999年に登場した映画『マトリックス』は、人類が現実だと思っている世界が実はコンピュータによって作り出された「マトリックス」と呼ばれる仮想世界であり、本当の現実世界での人間たちはコンピュータに支配され、眠らされているだけなのだという世界観を示し、話題となった作品である。 『マトリックス』が出るよりも以前に、批評家の柄谷行人は『内省と遡行』において、形式化を徹底した先には決定不能性しか残らないという問題に取り組んでいた。柄谷は病に取り憑かれていたかのごとく、世界の形式化に