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夏休みのお約束

 まだ少し気が早いのかも知れないが、夏の気配が日に日に濃くなるこの時期になると、決まって思い出すことがある。
それは、私が離島の小学生だった頃。夏休み前のあのワクワク感。そして、学校から配られる、《夏休みのお約束》について書かれたお便りのこと。
今にして思えば、あのお便りはかなり地域性が出ていて独特だった。
 息子たちが通う、ここ鎌倉の小中学校で配られるそれには、ごくごく当たり前のことしか書かれていない。外出してもいい時間帯とか、子どもだけで繁華街に遊びに行かないようにとか、規則正しい生活を崩さず、家庭学習をしっかりやりましょうとか。
鎌倉に引っ越す前に住んでいた、川崎市の小学校のお便りも同じような内容だった。
 じゃあ、離島の小学生だった私がもらっていたお便りの内容はどうだったのか。上に記したような内容も勿論書かれているが、それにプラスして、こんな文言が付け加えられていたと記憶している。

①テトラポット(消波ブロック)の上で遊ばない
②船渡りをして遊ばない
③子どもだけで海で泳がない(中学生以上の大人同伴なら可)
④みだりにアワビやサザエを獲らない

……うん。街場の学校ではあり得ない、いかにも離島の小学校といった内容だ。

 ①について、確かにテトラポットの上で遊ぶのは危険なのだ。港や海水浴場に積み重なって設置されているこのブロックの上は、島の子どもたちの格好の遊び場となってはいたが、その隙間から海に落ちれば、大怪我だけでは済まない。波でブロックの隙間に引き摺り込まれてしまい、発見も救助も困難である。②の船渡りも然り。あ、そもそも船渡りとは何かと言うと、港に係留されている船から船へと、ぴょんぴょん飛び移って遊ぶことである。これも、うっかり船と船の間に落ちたりすれば、発見されない恐れがある。
 ③の、子どもだけで海で泳がないというのはまあ、分かるとして、中学生同伴なら可とは……? 中学生って大人なのか? と、当時から疑問に思っていた。しかし、離島の中学生ともなると、泳ぎや潜りに長けている子は多い。実際、私が海水浴で溺れたとき真っ先に助けてくれたのは、当時中二の女の子だった。大人かどうかはさて置き、めちゃくちゃ逞しくて頼りになることは身をもって理解した。
 ④について、許可なくアワビやサザエを獲るのは密漁だ。つまり、そんなことが出来るくらいの素潜りの達人が、各学年にそこそこいたのである。海女をしている母親や祖母に同行して、漁の技術を磨いてきたというわけだ。かくいう私の祖母も曾祖母も海女だったのだが、私はからっきし潜れない。泳ぎだってさほど達者とは言えない。しかし、金槌というわけではないのは、やはり祖母のお陰だと言えよう。
祖母は、小学三年生まで泳げなかった私を、漁船の上から勢いよく海へと突き落とした。そう、今、再放送されている連続テレビ小説『あまちゃん』のワンシーンのように。
「自力で上がってこい!」「溺れたら助けたる!」祖母は、船の上で仁王立ちしたまま、どこか余裕気な声でそう叫んでいた。文字通り、獅子が我が子を谷底に突き落とすような、荒々しい仕打ちである。
あのとき、海中でがぼがぼと水を飲んで藻掻きつつ見上げた海面の景色は、四十年以上が経った今も忘れられない。あのきらきらと明るくて透明な世界。息が苦しいはずなのに、あの光景にはうっとりと見惚れてしまった。もしかして、祖母も漁のたんびにあの夢のような景色に胸をときめかせていたのだろうか。そんなことを、ふと思った。

 こうして書き連ねてみると、私の子ども時代は死と隣り合わせだったのだなぁと感じる。他にも命懸けのような体を張った遊びを、皆でいろいろやっていた。そりゃ、夏休みのお約束にも書かれるはずだ。決して褒められたものじゃないし、あの時代は良かったとか、子どもは伸び伸び自然の中で育てるべきだとか、そんなことを声高に言うつもりもない。しかし、あの小さな島で過ごした幾多の夏の思い出が、汲めども尽きぬ湧き水のように、私の心の根っこを潤し続けてくれているのは確かである。




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