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あの頃、海は

生まれも育ちも日本海側で、太平洋とはあまり縁のない生活をしていたが、大人になって何度か引っ越しを繰り返している間に、1年ほど太平洋側の町に住んでいたことがある。

それは近畿地方の静かな海よりの町だった。
夜には海鳴りが聞こえるほど海に近い。
歩いて行ける浜は砂浜とは言えない、石がゴロゴロと広がる礫の浜で、波が荒く、危険なので波打ち際には近づかないようにという注意書きもあった。
だから浜辺は初めの一度くらいしか歩いていない。

海沿いの国道は車でよく走った。
よく走るうちに、私はとても美しい海を見た。
昼間の太陽の光をこれでもかと受けとめて輝く海だ。
今までの記憶にない強い光だった。
キラキラと、時にはギラギラと、日の光を反射して輝いていた。
太陽がいっぱいだと、私は思った。
そのころの私は何度もその海を見て、見るたびに、現実とは少し違う場所に身を置いているように感じた。

ずいぶん昔の話しだ。
私はまた、日本海側へ戻ってきた。
この土地の海も私は好きだが、肌になじんだいつもの海だ。
あの時の恍惚の海は、もう見ることはないだろう。

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