見出し画像

「 妖怪 」第6話

 修が見上げると、恭子は駅に向かう道の先を見つめている。
 修も立って、その方を見た。
 一人の男が歩いてきた。
 ダークスーツを着た、涼しい目をした男だった。
 男は二人に目をとめると、皮肉めいた笑みを浮かべた。
「恭子さん、わざとここに来たの?」
「まあね。人目に付くとこじゃ話し合いも出来ないでしょう」
 男は二人の前まで来ると、修を一瞥してから、恭子に聞いた。
「そいつも化け物か?」
 修は男を睨む。
 恭子は言った。
「そうとも言えるけど、彼は人間として生きてるの。殺せばあなたは殺人犯よ。今日は冷静に話をしましょうよ」
「なるほどね。じゃあ、白状する気になったのか?」
「私はあの男を殺していない。そう言ったでしょう」
「信じられないと言っただろう。沢村恭子」
 修は男の前に立った。
 修より背の高い男だ。
 男はことさら見下した態度をとった。
「何で名前を知ってるんだ」
「調べたからさ。お前は原口修。そうだろう?単なる化け物のヒモかと思ったら、化け物仲間だったんだな」
 嫌いだ、こいつ。
「貴様も名乗れよ」
「田崎一行」
「いちぎょう?変な名前」
「悪かったな。坊主が名付親でね」
 田崎は鼻で笑ってそう言った。
 恭子が言った通り気障な男だ。
 めちゃくちゃ感じ悪い。
「恭子さんに手を出したら、僕が許さないからな」
「お前が許そうがどうしようが関係ない。伊藤という男を殺した化け物を殺す。それが俺の仕事だ」
「恭子さんは関係ない」
「餌を連れてきてやったんじゃないのか?仲間の為に」
 一歩踏み込んだ修の腕を、恭子がそっとつかんだ。
「違うわ。彼らは私を助けてくれたのよ」
「助けただと」
「あの男。伊藤て言ったかしら?」
「そうだ。名前も覚えてないのか。お前の男だろう」
「やめてよ、あんなの」
 恭子が含み笑いをすると、田崎は眉をひそめる。
「一緒に動物園に来ただけの人間よ。その帰り道に私にやましい事をしようとしたから、彼らが助けてくれたの。それだけよ」
「証拠はないだろう」
「あなたが疑う証拠もないわよね」
「俺の場合、証拠は要らない。とにかく化け物を殺す。2匹は殺したが、もう2匹には逃げられた。あの遺体の様子からしてまだいた筈だ。この山には何匹いるんだ?協力するなら、お前は見逃してやってもいい」
「殺したですって?……冗談じゃないわ。恩人を殺されて自分だけ逃げるなんてできる訳ないじゃない」
「化け物でも恩に感じるのか。上等だな」
 修は恭子に腕を引かれ、恭子の後ろに回った。
「あんたは手を出しちゃ駄目よ。そこにいてね」
 その様子を見て、田崎が言う。
「何が話し合いだ。最初から俺を殺す気だったんだろう」
「あら、ばれちゃった?」
 恭子は不適に笑って、草地の方へ少しずつ移動する。
 修もそれについていく。
 田崎は上着の内側から武器を取り出し、胸の前に構えた。
 恭子が言ったように、大きなアイスピックのような形をしている。

 修は不安だった。
 本当に自分は恭子の力を増幅させる事ができるだろうか?
 そして……。
 恭子は修の気持ちに気付いたのか、そっと囁く。
「大丈夫よ。私、判るから。あんたは傍にいるだけでいいのよ」
「う、うん」
 田崎も草むらに入る。
 さすがに先程までとは違い、表情が緊張しているようだった。
「どうしたの?私は丸腰よ。どこからでも来たらいいわ」
「何匹いるか言えばいいだけなのに、どうしてだ?」
 恭子は鼻で笑った。
「私が怖いの?それとも、人間みたいだから躊躇してるの?そうね。もしかしたら、私、人間かもよ」
「人間で、あの傷がそんなに早く治る訳がないだろう」
「じゃあ、また彼らが私を助けにくるかもしれないと思ってるの?」
「それもないだろう。2匹殺した後、何度ここに来ても襲ってきやしない。もう何処かに逃げているはずだ」
「そう。判ってるなら迷う事ないじゃない。心置きなく私を殺せばいい。私も、手加減しないから」
 恭子さん……。
 田崎は恭子から攻撃を仕掛けてくるのを待っているようだった。
 自分から女を殺しにかかるには、妖怪だと判っていても若干の罪悪感があるのだろう。
 しかし、田崎はそれを、自分を嘲るような笑みで払いのけたように見えた。
 次の瞬間には恭子に駆け寄りアイスピックを振り上げる。
 恭子は二度、三度とそれをかわした。
 修は二人から少し離れた場所で、恭子を見守る。
 恭子の動きは俊敏だった。効率よく攻撃を避け、隙を見ると回し蹴りで足を狙ったり、手刀で顔を狙った。
 恭子は主に首と目に狙いを定めているらしかった。田崎の一振りを足で蹴り、その足を降ろさないまま怯んだ田崎の首に再度蹴りを入れる。
 田崎は得物を落としはしないものの、まともに蹴りを受けて倒れる。
 恭子は田崎の手を思い切り踏みつけた。
 しかし、田崎はもう片方の手でその足をつかまえ、恭子を引き倒した。今度は恭子が地面に仰向けに倒れる。田崎はすばやく恭子に馬乗りになったが、恭子も反撃し二人はもつれ合いながら地面を転がった。
 その中で恭子が田崎の腹を膝で蹴り、続いて両足でその体を蹴り上げた。
 田崎は大きく仰け反り、後ろに倒れる。
 恭子はすばやく立ち上がり、拳を垂直に下ろし田崎の腹を打った。田崎のうめき声がもれる。恭子は田崎の両肩に全体重をかけ両膝で乗り、得物を意地でも放そうとしない右手首を左手で地面に押さえつける。
 そして右手で、田崎の首を締め上げた。
 田崎は苦しい声を出したが、すぐに声も出なくなった。
 恭子は手を緩めない。田崎は左手で恭子の右手を離そうとするが、力は上手く入らないようだった。
 何より、恭子の腕力が凄まじかった。
 もちろん恭子本来の力も強力ではあるが、確かにそこには修の力が影響していた。
 修は恭子を見つめながら、恭子に加勢するイメージを強く念じている。
 念じれば念じるほど恭子の力が増幅する事を、早い段階で修は実感できていた。
 そして念じるだけで自分自身も疲労するという事が判った。
 実戦する恭子ほどではないにしろ、修の息も上がっている。
 田崎の首を絞める恭子を見ながら、修は地面に膝をつき、ゆっくりとしゃがみ込んだ。

 恭子さん。

 修は顔を両手で覆った。

 どうしてこんな事…。
 僕らはこうするしかないの?
 こうするしか、他に手はないの?

 修の集中力は、限界に近付いていた。
 二人の姿を視界に留めることが苦痛でならなかった。

 いやだ。
 いやだよ、恭子さん。

 修は一瞬、そう思ってしまう。

 恭子さんが人を殺すところなんて見たくない。

 と、恭子の体は田崎に跳ね飛ばされた。
 一瞬力の緩んだ恭子の腹を、足で蹴り上げたのだ。苦しい息の下で、田崎はしたたかに隙を狙っていた。今度は恭子が地面に叩きつけられる。
 ぜえぜえと貪るように空気を吸い込む音が聞こえる。田崎はしばらくの間胸を押さえて、足場を確かめるように少し体を揺らしながら立っていたが、すぐに倒れた恭子に襲いかかった。
 修は慌てて、叫びながら二人に駆け寄る。
「やめろっ!」
 しかし遅かった。
 田崎は恭子の腹に刺したアイスピックを抜き、再びその手を大きく振り上げた。
 修はその腕をつかまえた。
 夢中で関節を逆向きに曲げ、アイスピックをもぎ取ると、それを遠くに投げた。
 そして田崎の顎を殴る。
 すでに疲れていた田崎は、よろよろと数歩あるいてその場に倒れた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?