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「最後の恋」②


「皆さん、新しい入居者が来られました」
施設長の野太い声が食堂に響き渡った。あぁまた一人、死を待つだけの人間が送り込まれてきた。肩を落として顔をゆっくりと挙げた広志に飛び込んできたのは優雅な女性だった。

「竹内茅野と申します。九十歳です。人生百年時代。あと十年。楽しく過ごしましょう」

色白で上品な皺を寄せた笑顔が可愛らしい。オフホワイトのニットブラウス、ピンクのカーディガン。清楚だ。薄く紅をさした彼女の釘付けになる。

「よし、これだ」
九十歳の彼女を看取るまでの十年、広志には新たに生きる目標ができた。
少しでいい。老いぼれから恋を奪わないで。

今日を生きる理由があれば、明日が来ることを信じて眠れるのだ。
そうだ、今夜は茅野さんを誘って月を一緒に見よう。
晴れ渡る夜空は若い恋人だけのものではないのだから。

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