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「沈黙の75日」①

小学4年の夏。転校生がやってきた。弥生ちゃんという髪の短い女の子。焼けた肌にTシャツとキュロットスカート。子犬のような目が印象的な可愛らしい子。私は早く仲良くなりたくていち早く遊ぶ約束をしたのである。

家の近所にある公園には私のお気に入りの遊具がある。テトラポットのような高低差のある遊具。ピンク、赤、青、黄色、緑に彩られた小さな煙突みたいな。その上にチョコンと飛び乗り、移っていくと色とりどりのメロディーを踏んでいるような気分になる。

ひとつ隣へと飛び乗るには私の足幅が少し足りないのだが、その上に乗って降りてを繰り返すだけで楽しい気分になる。その日は弥生ちゃんに見せたくて彼女の手を引いてやってきたのだ。私はリズムをとるように上に飛び乗って一つずつ色を踏んで見せた。すると彼女は私の前で手を広げて言った。

「私なら飛べる」

そう言って突然に一番高いところへ登る。
隣に飛び移ろうとする彼女に危うさを感じた。

「ちょっと無理だよ。危ないって」

私の手を勢いよく振り払って彼女は飛んだ。

「あ!」

その瞬間、秒刻みに記憶が映る。彼女の足先があと一歩のところで届かずに崩れるような体勢になった。彼女を支えられずに一緒にひっくり返って転ぶ。ドスンと大きな音を立てて不格好な形で私たちは絡み合っていた。いたた…と情けない声を出しながら起き上がった私はすぐに弥生ちゃんを起こす。すると彼女の顎から血がしたたり流れている。

「弥生ちゃん!大丈夫⁉」

差し伸べた私の手を彼女は勢いよく振り払った。
そして大きな声をあげて泣いた。

 私も一緒にべそをかきながら彼女の手を引いて家に帰宅すると、母がどうしたの?と心配そうに駆け寄る。弥生ちゃんの怪我の手当てをしている母。その手際の良さを見ながらほっと安心する。弥生ちゃんもその頃にもう泣いていなかった。          
                            (つづく)

 

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