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なんでもできるんでしょ

多少は仕事の話

 

いろんな事情で私もそこそこ転職してきました。

それも、どうしたか、というくらい、方向性の違う職種を経た結果、
なんでもできるんでしょ」、
と期待されるようになってしまいました。

私は正直考え方が不器用。
ものの覚え方もどうやら人とは違い、呼び出すのにコツがいる。

ただ、確かに文章は読める。
誤解を恐れず率直に言うと、

読んで分からない事はあってはいけない、という思い込みに基づき、なんでも素直に真剣に読みまくった結果
学生時代の国語は、
どのレベルまで行ってもケアレスミスしかない、という無敵状態の成績でした。

ただし、どんなに注意しても、あるレベル以上は必ずいくらかは取りこぼし、うろたえる。

だから、70点や60点で許される、資格試験はハッピーな世界でした。

仕事では完璧がスタートとされるし、苦手ほど理解しないと、と焦ります。

そこで、資格を目処に勉強する事で、総合的にそのジャンルを掴み、自信を持って取り組み、その場の業務改善には繋げていました、

が、
別業界の転職の際にそこをピックアップされると、そこそこ辛い

だって普段の仕事の中で掴めなくて苦手意識があるから、自分で勝手に勉強した分なのですから

氷河期世代なせいか、会社からの教育なんてないままに、いつも最前線に放り込まれ、
会社のお金で取った資格なんて一つもなくて、
職場が変わっても
「あなたはもう立派な資格があるじゃない」と、
人を勉強させるために元々の業務を支える側にまわり、人が勉強してる間働いて、残業もする。

何でもできるんでしょ、と本当になんでもかんでも。

でも本質は不器用だから、知れてるんですよね。
できるかーい!

好きなことは「仕事」

仕方ないので
好きなことは 「仕事」、
と、大きく括って、とにかく熱心にやってきました。

たしかに、今やそれも、真実!

だけどこうやって自分の個人的に好きなことを見直しながら、一人語りでも楽しくて、
自分の好きなことを表に出す・形にするって、楽しいんだな、
と、思いました。


そして、やっと、
娘に対しての、趣味の合う友達と物理的に離してしまった罪を、少し理解した気がします。

自分はどこに行っても役割があれば納得していたから、ある意味孤独に強くて、
楽しいだけの友達の価値が、実際よくは理解ができていなかったのだと思います。

まあ、圧倒的に子供たちと旦那の事は大事過ぎて、他はどうでもいいかな、という不器用さと雑さもあるので
今も多分、十分は良くはわかってる気がしないけど。

自分のスキを


SNSも双方向性が強くなると、私もいろんな気持ちを、人と共有する事に夢中になれるのかもしれません。

しかし私は、好きな事を人に伝えるおいてはまだまだ子供時代から始めないと、な未熟者だし、
反対に、キライ、も身につけていないので、

まずは
スキ、の溢れるこの場所で、
思いつくはしから、
自分の "好き" ををプールしてみようかな、
と、思うのです。




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