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張り紙

 我が家の前に幅50センチ、深さ1メートルばかりの溝がある。
一か月前から、犬の糞と思われるシロモノが捨ててあった。
猫のモノではない。それよりも大きいシロモノ。一応そのままにしておく。
 次の日。
さらに、もう一回分の量が増えている。
取ろうと思ったが、あえてそのままにしておく。
 一週間経った。
さらに糞は増えてきた。
 さて、どうしたものだろう。恐らく散歩の途中で誰かが捨てたのだろう。溝に捨てても道路からは隠れて見えないし、絶好の捨て場だ。

 最近、犬の散歩をする時、ほとんどの飼い主は、糞の後始末用の袋を持っている。逆に何も持たず散歩をしている飼い主は、よっぽど厳しく犬を躾しているのか、または、持って帰らないのかの二択。
 時に袋も持たず、片手にシャベルだけ持っている飼い主がいるが、まさに『私はどこかに捨てていますよ!』
と、あからさまに持ち物で訴えている。ので、そういう輩はどうしても顔を見てしまう。
 それはさておき、目の前の糞をどうするかを思案する。
こういった類の張り紙を調べてみると、出るわ、出るわ、犬の糞の迷惑行為に悩まされている人々の何と多いこと。

『可愛いペットの後始末も可愛くしてね』
から定番の、
『糞の処理は飼い主の義務です』
『マナーを守ってきれいな環境を』
『ここはトイレではありません』
『条例違反罰金〇〇円』
さらには、
『ここに糞をしたら絶対にぶっ殺してやる!』
とかなり物騒なものまでもある。
 ということで、あまり飼い主に刺激を与えない程度に、といっても優しすぎると効果がないので、
『ここにフンをすてるな。もってかえれ』
と子供でも解るように、ひらがなで書いて張り紙をした。(なぜか奥様は、恥ずかしいのですぐに、剥がせと言った。)
 
 しかし、糞は持って帰られることなく、張り紙をあざけ笑うように増え続けた。さすがに、量が増え臭いもするので、一度すべてをきれいに取り除き掃除をした。
 糞は糞、いや、ゴミは、ゴミを呼ぶという。
ついでに、張り紙の字を太く書き直し、最後にびっくりマークを赤色にまでした。更に、夜になると張り紙は見えなくなると思い、人が来たら点灯するようセンサーライトまでも設置した。
『これでどうだ』

 しかし、
臭いのするこのやっかいな「シロモノ」は、一向に減ることはなかった。
 ある日、二軒隣の老婆が、毎日掃除をする私を見て、
「大変だねえ、毎日。昔は、ちょこっと顔をのぞかせ、ささっと逃げて行ったもんだけど、今はわが物顔で残飯をあさったり、近くで糞をするようになった。ほんと悪賢くなった狸よね」
 即刻、張り紙を外した。
 狸は字が読めないらしい。

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