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古典初心者が読む瀬戸内源氏 巻七  ~夢で逢えたら

『源氏物語』巻七 瀬戸内寂聴(訳)講談社文庫

  どうも、古典初心者のKです。巻七で物語の第二部が完結し、同時に光源氏の物語もここで一旦終了となります。
 この巻の最大の読みどころは最愛の妻、紫の上の死と、彼女を偲びながら過ごす源氏の晩年とその悲しみについてでしょうか。結局、紫の上は念願の出家を遂げることが出来ず死んでいきます。その際、死に際のなかでの仏による救済が描かれます。科学的な医療がない時代、仏による救済というスピリチュアルで霊的な存在が救いとなったんでしょうね。

 私にはこの七巻において「幻」という帖がとても印象的でした。紫の上の死の翌年、正月から十二月までの一年間を四季折々の庭の風景を通して歳時記的に描いています。
 亡き妻との思い出の庭の風景、何を見ても聴いても、彼女のことを思う源氏でした。何度も夢のなかでもいいから、会いたいと、思いつづけ…。
たとえば二月は亡き人の形見の紅梅に鶯が訪れ鳴きはじめます。たとえば三月、春が深まり、庭の山吹が咲き乱れますが、その鮮やかな黄色の花々でさえ、源氏には悲しみの露に濡れているかのよう。紫の上がその庭に植えた花々は次々と春をリレーしていくように咲き満ちるのでした。今は亡き人が心を込めて丹精に仕立て上げた春のガーデン。

 あるとき、引きこもりがちな源氏は、かつて須磨に流されたときに出会った明石の君を訊ね、悲しみを打ち明けます。まだ幼いころから紫の上を育て上げたこと、一緒に連れ添ってきた晩年になって、自分ひとりがこの世に捨てられた、(この世に残された、ではなく、捨てられたという言葉に胸が詰まります)その悲しさに耐えられない、と独白します。年老いた男が過去を想い、哀れ深く泣く姿がただただ切ないです。

 五月の頃は花橘が月光に照らされ、香りが風に乗って漂います。そして激しい蕭条とした五月雨が暗闇の庭を覆いつくします。六月は池の蓮の花が咲き、蜩が啼くなかで、撫子が夕映えに浮かぶのを源氏は味気なく見ています。おびただしい蛍が舞飛ぶ夜、「あなたが、ここにいない」と、恋偲ぶ歌ばかりを口ずさむ。
 七月の七夕の夜、牽牛、織女の逢瀬も源氏には虚しいばかり。八月、紫の上の一周忌の法事の支度で忙しく、気持ちがなにかと紛れ、九月は菊の花を見ながら、共に長寿を祈ったことを思い出し、涙。十月は時雨。空を見上げ、夫婦離れず空を渡る雁の翼が自分にもあれば、彼女のいる大空の彼方まで飛んでゆかれるのに…とまた涙にむせぶ。
十一月、とうとう大切な紫の上の手紙をすべて焼き払い、歌を詠みます。

かきつめて見るもかひなし藻塩草 おなじ雲居の煙とをなれ
(こんな文殻を搔き集めてみたところで あの方が亡くなった今は 何の甲斐もない藻塩草 あの方の亡骸が煙となって昇った大空へ同じ煙となるがよい)

抜粋   源氏物語 巻七 瀬戸内寂聴訳

12月、いよいよ自分の出家の時が来て、身辺整理を急ぎます。そうして「幻」の帖は終了します。そして次の「雲隠」。この流れはほんとうに見事でした。

 次回からは、源氏亡き後の源氏の孫たち、言わば次のジェネレーションの話が新たに始まっていきます。紫式部、物語の天才ですね…。



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