思考と言葉

 たびたびネットで多数のいいねを獲得する、マザーテレサの言葉がある。それは、思考が言葉になり、言葉は行動に移り、行動は習慣を形成し、習慣は性格を形成し、性格は運命になる、というものだ。

 この名言に感銘を受け、自分の運命を変えたいと思う人は一体何をするだろうか。そう、思考を変えるはずである。そうすればいずれ運命が、言い換えると自分の人生が変わっていくとそう信じて。

 ただし、思考を変えようとしてそれに成功する人はどれくらいいるだろうか。ほとんどいないのではないだろうか。なぜか。それは、思考を変えるとは一体どういうことなのか、そんな問いに答えるのが難しいからだ。マザーテレサの言葉にも、その答えはない。

 では、思考を変えるとはどういうことなのか考えてみよう。思考を変えるにはという問いの前に、思考は何からできているのかという問いがある。これに答えることが先決だ。だが意外にも、あっけなくその答えは見つかる。

 答えは、思考とは言葉によって成り立っている。である。

 これは自分が思考している時、一体自分はどんな状況に置かれているのか考えてみればわかる。思考とは、何かについて考える営みである。何かを考えるためには、その対象を言葉で表さなければならない。可視化されていない言葉を巡って、自分の頭の中で思考が行われる。

 思考は言葉から成り立つ。これはマザーテレサもびっくりではないだろうか。なぜなら、思考が言葉になるのではなく、逆に言葉が思考を決めるからだ。言葉が思考を規定すると言ってもいい。

 言葉が思考を定めること、これを知らないからこそ思考を変えようとする人は失敗する。言葉を変えるために思考を動かすのではなく、思考を変えるために言葉を選ぶ、それは従来の理解とは矢印の向きが逆であることを示している。

 さて、少し視界がクリアになってように思う。ここからは少し実践的に。思考が言葉に規定されることはわかった。では、どのように言葉を変えればよいのだろうか?

 これはとても具体的な問いなので、様々な方法があるだろう。とりあえず僕が思っているのは、思考を変えるためには自分の尊敬する人や憧れている人、そうなりたいと思っている人の言葉をよくよく注意して観察してみることだ。

 身近な人でなくても良いだろう。今どき、ある程度有名な人かSNSをやっている人ならその人がどういう言葉を使っているのかを見つけるのは簡単だ。

 その人の言葉によく注意してみるといい。ポジティブな言葉を使っているかどうかやよくある言い回し、文脈に注目してみるなど、研究方法は無数にある。そして、自分が良いなと思った部分があればそれをまるパクりしてしまえばよい。

 言葉が思考を決めるのだから、まるパクりしているうちにその人がどういうことを考えているのか、たぶんほんのちょっぴりだけ分かるタイミングが来るはずだ。その時また、自分はそのままでいいのか、それとも他に魅力的な言葉を使っている人を見つけることができているのか、きっとある程度方向性が見えてくる。

 そうして言葉を少しずつ変えていくと思考が変わる。そのまますぐに行動まで変わるかどうかはわからない。思考と行動は影響をお互いに影響を与えつつも、必ずしも密接であるとは限らない。人は嘘をつくことだってできる生き物だから。

 言葉の呪いやおまじない、魅力を感じながら、自分の思考が変わっていくプロセスを体感するのは面白い。そして、それはきっと勉強というものの基本である。言葉を覚える、変える、知ることが勉強である。ここで、千葉雅也『勉強の哲学』に接近してくる。

 勉強としての言葉、運命を変えるための言葉。

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