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インド徒然日記 03/魅惑の飲み物カルー

「兄弟、出発するぞ!早く起きろ!」
ドンドンと木扉を叩く音とその声にびっくりし目を開けると、まだ外は真っ暗だが微かに朝の気配を感じた。
毎年訪れる南インドの某所。盃を交わしたわけではないがお互いを兄弟と呼ぶ友人のテイラーがいる。彼はものすごく腕が良く、洋服はもちろんのこと帽子や財布やバッグなど型紙もおこさず、なんでもミシン一つで作ってしまう。仕事も早い。ただ、仕事よりも人生を楽しむことに時間を費やしている。毎年滞在ついでに彼に洋服やら小物やらをオーダーしているがいつも帰国寸前まで仕事をしてくれない。最終的には宿まで届けてくれて一安心というのが常だ。。。
その年も彼の地で再開を果たし、いつものように夜の森で酒を酌み交わしている時だった。「今年もカルーを飲みに行こう!」「いいね、行こう!」確かにそう話したのは覚えていたが、滞在中に日程を決めて行くのだろうと思っていたら、まさかその翌朝だったとは。さすが人生を楽しむ達人、思い立ったら即実行だ。仕事もこの調子でやってくれたらいいのになぁと思いつつ、そそくさと着替えすぐに表へ出た。行きつけのチャイ屋でもう一人の友人と待ち合わせ2台のバイクに便乗し、いざ出発。だんだんと明るくなってくる南インドの田舎道をトコトコ走ること2時間、人とバイクの往来で自然に踏み固められて出来たすれ違うのがギリギリぐらいの細い道を抜けると目の前にヤシの木の密集地が広がった。

どこまでも続くヤシ林

そのヤシ畑の中に掘立小屋が一つ、まだ8時前だというのに小屋の周りは地元の男たちでごった返していた。小屋の中からはスパイスのいい香りがし、何やら調理している。そこで各々、チキンやらエッグやらナッツやらを購入し、グループごとに適当にヤシ畑に車座に座り素焼きの壺に並々注がれた液体をカップに注いで飲んでいる。そう、この液体がカルーである。

猿の如く素早くヤシの木を登り降りするカルー職人
カルーとつまみ

カルーとは、天然発酵のヤシ酒である。ヤシは木の先っぽに鳥の羽に似た葉を生やし、その付け根に実をつける。樹頂の葉の付け根に年中咲く花の柄を刃物で切り落とし、切り口からしたたる豊かな花蜜の樹液を葉茎に吊るした素焼きの壺に溜めるのだ。壺はこの液体を採取するためだけに年中使われているため、壺の中には野生の酵母が棲みついている。そのため中に溜まった液体はたちまち発酵を始め、壺がいっぱいになる頃には立派なヤシ酒、カルーが出来上がっているというわけだ。早朝に飲むのも意味がある。前日に仕込んだ壺に夜の間に液体が溜まり、適度に発酵が進んだまだ涼しい朝のうちに飲むのが一番美味しいからだ。実際、日中も飲みに行ったこともあるが発酵が進み過ぎて酸化してしまっていた。一年中飲めるとはいえナチュラルな製法ゆえ、天候や季節にも左右されるし、持ち帰っても酸化してしまうのでその場で楽しむことがマストな一期一会的な魅惑の飲み物なのである。薄く白濁したカルーを口にするとシュワっと微発泡していて爽やかな甘さと酸味が鼻に抜ける。アルコール度数も低いためスパイスの効いたつまみを食べながら何杯でも飲めてしまう。酔いも軽やかでふわっと宙に浮いたような感じが持続する。

我が兄弟、テイラーのプラタップ

異国の地で異国の友人と朝からふわっと宙に浮き、貴重な時間を過ごすことができた。ふと気がつくと周りにたくさんいたはずの地元の男たちも仕事や家路について行き、静かなヤシ林に南国特有の太陽が降り注いでいた。

宿に戻ってきてもまだ昼前。その日の午後は木陰にハンモックを張り、また宇宙遊泳を楽しんだのはいうまでもない。

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