前世の魂が心底、惚れたのは、ウルトラマン
12ハウスが過去世を表すとしたら、全て納得できる
進化占星術のさや様
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今回は、占いと過去世の話をしたいと思っているのですが、その前にまず、おもしろ話を一つ、お届けしようと思います。
※タイトルのウルトラマンに興味を持っていらした方へ。最初の方だけですがどうぞお楽しみ下さい。
その後の占いの話も、面白おかしく分かりやすくを心がけて書いておりますが、ウルトラマン話の所まででお帰りいただいても大丈夫ですよ。ご来訪ありがとうございます(- -)(_ _)
私の最も古い記憶は、4歳の時――ある人への強い恋心
ウルトラ星からやってきて、地球で怪獣と戦う宇宙人。
誰なのか、きっと皆様ご存じですよね。
私は本気でその“彼女”になりたかったんです。
(良いですよ、笑って下さって♪)
でも、“妻”じゃないんです。絶対に違うんです、それは。
公的に関係を保障された座にあぐらをかいて、いつまでも相手が帰ってこなくともその権利の中でぬるーく生活している人にはなりたくなかった。
そもそも、絶対に違うと思ったんです、あの素晴らしい人格の宇宙人……ウルトラマンが心から大切に想うような人は、そんな人じゃないって(※結婚した女性はすっかり家庭内の人になる、それ以外はあり得ないという価値観の場所と時代でした)。
考えてもみて下さい。
きっかけは自分のミスだったとしても、地球人なんていう、彼らから見たら下等生物のために自分の命を投げ出して、文字通り身体を張って、怪獣と戦うなんて危険な事を日々やっている。
しかも、心から納得してやっていたわけではないはずです。
人間の環境破壊により、出て来ざるを得なくなってしまった怪獣に対して、ウルトラマンは、どんな思いで戦っていたんだろう。
スペシウム光線だの何だのと使っていても、最後は大抵、肉弾戦です。
がっぷりと四つに組み合い感じる怪獣の重み。大きな葛藤を抱えながら、それでも全力で繰り出すしかない拳の感触を、彼はどう感じていたんだろう。
それを思うと涙が止まらなくなる私は、「そんなウルトラマンが大切に想うような人になりたい、かつ、自分が存在する事でかえってウルトラマンの心労を増やすような人では絶対になく」、と思うようになりました。
それっていったい、どんな人なんだろう?
(正確にはヒトではなくウルトラ星人ですが)
そして至った結論。
“妻”ではない。
だって、ウルトラマンほど情にあつい人なら、こんな状況になってしまって、大黒柱のいない妻の生活がどうなっているのかという不安とともに、妻が帰ってこない自分を想って涙に暮れているのではないかと胸を痛め、おそらく自分は二度と帰れないのにずっと待たせ続けてしまうのではないかという心配……を全くしないなんて事はないと思う。(※何度も申し上げますが、そういう結婚観が一般的な場所と時代でした)
だからこそ、そんな心労まで、これ以上ウルトラマンには絶対に負ってほしくない。負わせるような人では絶対にありたくない。
だから、私は、公的に証明される事で互いを縛ったりなどしていない関係性、固い約束もない二人の距離のまま、胸の中に孤独を抱えて地球で生きるウルトラマンの心に時折ふわりと浮かぶような人でありたい。当然、女性であろうと生活は自分で作る自立した人で……と、思っていたのです。
それが、私の4歳の時の記憶です。
4歳がそんな事思うか? 何かの勘違いだろ! と思われると思いますが、絶対に4歳の時なんです。その状況を表す記憶があります。
※実家を漁れば、証拠品(後述の、嘘の将来の夢を記録された屈辱の色紙)も出てくる気がします
私が集団保育的なものに出されたのは、幼稚園の年中が初めてでした。
そして私は4月生まれです。
つまり、春の新年度幼稚園入園直後に、その月生まれの子供を対象にした、お誕生会があったのです。
そこで一人一人“将来の夢”を聞かれる事を知り、私は真っ青になりました。ウルトラマンから想いを寄せられるような人になりたい、とは、絶対に言えない、言いたくないと思ったのです。
そう思った理由となった、数か月前の出来事……。
私は、自分がウルトラ星人でない以上、どれほど努力してもウルトラマンとは結ばれないだろう、という結論に打ちひしがれ(良いですよ、笑って読んで下さいな♪)、辛さに堪えきれず、祖母にだけこっそりと恋心を打ち明けました。それまでは、想いが本気すぎて、誰にも知られないよう心にしまっていたんです。
私の決死の告白を聞いた祖母から返ってきた言葉は、
「あっらぁぁ、それじゃ、ウルトラマンぐらい大~っきくなるために、ご飯いっぱい食べなきゃならないねぇ?」
当時の私は非常に食が細く、食事の時間が来た事を告げられる度に涙をこぼしていたという母の言があります。赤ちゃんの頃からミルクも母乳もほとんど飲まず、ならば泣いてほしがるまで放っておいてみよう、としたら丸一日飲まずとも泣かなかったのでやっぱり無理矢理流し込むように飲ませ続ける方式に戻した、という証言もあるくらいです。
心配されていたとはいえ、祖母の言葉に、私は、色んな意味で非常な失望を覚えました。
でも祖母も、4歳児がまさかそんな事を考えていようとは、思いもしなかったのでしょう。確かに、当時の私……4歳の語彙力では、先述のような文章で説明する事はできていなかったはずですから。そもそもあの頃の私は、“妻”、“彼女”という名詞も知らなかったのですから。
それでも、私の頭の中にあった概念――父と母や、祖父と祖母、その他の周囲を見て知っている“夫婦”とは全く違う関係性の概念が、理想のカップルの姿として、頭の中に、確かにあったのです。
どうしてそんな事を考えられたのか、自分でも不思議に思ったりします。
大人である祖母はおろか、同年代の友達とは、もっと話が噛み合いませんでした。
何も、私が天才児だと言うのではありません。そんなもの、生きづらさを感じて大人になってから受けた検査で、平凡以下の頭脳である事を知って分かっています。
ともかく、こうして私は、二度と誰にもこの話をせず、冗談でも口にすることなく、いつしか思い出す事もなくなり、今日に至ったのです。
ウルトラマンを忘れた私の、占いの話
自分の生きづらさを見て見ぬふりができなくなってから、独学で色々な占いを勉強してきた私です。ついに西洋占星術に手を出してドップリはまってもう一年……以上?
その“考え方”を取り入れてから、毎日、新たな気づきや学びがあって、自分の人生や自分自身について、とても興味深い視点の変化のある時間でした。
流派的なものが様々ある西洋占星術ですが、どれも先達の皆様の考察の深さ・素晴らしさには、感心、いや敬服を通り越して何と表現して良いのか分かりません。
そして先日、また一つ、大変に興味深い解説を読ませていただき、ワクワクが止まらなくなったので、こうして記事を書いています。
どんな事も、全て自分の学びに変えられる
まず、大大大前提として、私の占いに対する姿勢……占いリテラシーをお話ししておきますね。
えー、皆様。突然ですが、占いでご自分が『あなたは○○の要素を持っています』と言われた時の事を想像してみて下さい。
いや、もう、この際、占いでなくても良いです。
見ず知らずの誰かからそう指摘されたら? 次にどうなさるでしょうか。
「そのとおり! 当たってまーす!」と思った場合。
私は、そこで一旦止まって考えます。
どうして私は今、“当たっている”と思ったんだろう?
“当たっている”と断定できるだけの過去の行動データを、私は本当に持っているだろうか。
誰かから言われた事があるとしても、その人の前で、私は本来の素の自分で振舞っていただろうか。
そもそも、“当たっている”事を、私は今、嬉しく思ったのじゃないか?
どうして?
○○の要素を持つ人は素晴らしいと何かで見聞きし、思い込み、そうなろうと頑張っていたからじゃないだろうか。
つまり、私は、自分の事を、○○の要素を持った人間であると思いたいだけじゃないんだろうか?
逆に、『あなたは□□の要素を持っています』と言われて、
「えー、全然当たってなーい」と思った時も同様。
どうして私は今、“当たってない”と思ったんだろう?
“当たっていない”と断定できるだけの過去の行動データを、私は本当に持っているんだろうか。
誰かから言われた事があるとしても、その人の前で、私は本来の素の自分で振舞っていただろうか。
そもそも、私は今、不愉快に思ったのじゃないか?
どうして?
△△の要素を持つ人はダメな人だと、何かで見聞きし、思い込み、自分はそんな人になりたくないと頑張っていたんじゃないだろうか。
つまり、私は、自分の事を、△△の要素など持たない人間であると思いたいだけじゃないだろうか?
これは一例ですが、このように私は、自分の……西洋占星術なら“ネイタルチャート”、四柱推命なら“命式”のように、様々なものから得られる膨大な情報に対して、ひとつひとつ、丹念に自問し、自分の中に起こる感情の反応を観察し、自分の考え方の癖の認識や、その後の言動の指針にしてきました。
占いが嫌いな方も、こうやって使えば良いじゃないかと、私は思っているのです。
占いを勉強すればするほど、ますます、そう思うようになりました。
“悩み”という、ずっとずっと昔から人間の中に起こり、決してゼロにはできない物。
ゼロにできないからこそ、人間が人間であると言えるものと折り合いをつけて生きていくために、残してくれた多くの先人達の叡智が詰まった、人生の教科書です。
よく噛みもせずにスルメ飲み込んだらもったいないじゃないですか!!
……おっと、ひどい例えになってしまったので、話を戻しますね。
こうして、西洋占星術でも、まずは自分のネイタルチャートを徹底的に読み込んで、『自分がどういう人間なのか』を知る・認識し直す事から始めたわけですが。
いつまでたっても、どれだけやっても、どうしても分からない部分がある。
「この課題をクリアしなければ次には行けない、それは理解できる。けれどどうしても難しい、それがなぜなのか分からない」
もちろん、考えているだけで全ての答えを導き出せるわけではありません。
実際に行動してみて、自分に変化が起こり、それに気がついて、分からなかった答えを得るのです。
けれど、それをもってしても、やっぱり分からない部分がある。
その場合、問題は、自分の外側の問題ではありません。
内側の問題です。
認識の問題、とも言えるでしょう。
自分の認識の問題と、その答え。
自分の中には無い“答え”を得るためには、それまで自分が持っていたものとは全く違う価値観や視点や考え方を、自分の中に入れる必要があります。
そして私は、ほぼほぼ読み尽くしたと思っていた自分のネイタルチャートについて、西洋占星術の情報を検索しまくり読みまくり、つい数日前、さや様の解説に出会ったのです。
衝撃でした。
記事のタイトルを見ただけで、バーッと、自分のネイタルチャートの謎が解かれていくのが分かりました。自分のネイタルチャートと自分の中身の齟齬の謎が、これで解けたと思いました。
実際に記事を拝見して、やはり感動しました。
スピリチュアル分野の中でも、おそらく最もスピリチュアルの神髄に近いと思われる“過去世”の扱い方に、とても分かりやすい文章と解説で言及されています。
夢中で、他の記事も、たくさん、たっくさん読ませていただきました。
しかも、読んでも読んでもまだまだ記事があるー! このワクワク感、ぜひ皆様もご自分で体験していただきたいと思います。
では、前置きが長くなり申し訳ありませんでしたが、私がどんなふうに自分の過去世を読み取ったのか、お話ししていきますね。
※西洋占星術に詳しくない方にも楽しく読んでいただけるよう、私のネイタルチャートを、占星術的な情報と簡単な解説を含みながらお話ししていきます。既に知識をお持ちの方はご笑覧下さい。
過去から引き継いだ資質に、納得がいかない
過去世は、ネイタルチャートの、ドラゴンテイルと呼ばれる太陽と月の通り道が交差する場所(北側)に表れていると、西洋占星術では一般的に言われます。そして、過去世をふまえて今世で獲得を目指す事柄がドラゴンヘッド――これも太陽と月の通り道が交差する場所(こちらは南側)であるとも言われます。
私は、自分のそれが、どうしても腑に落ちませんでした。
私のドラゴンテイルは、権力と富の象徴である山羊座。その星座要素をさらに30分割して理解を助けるサビアンシンボルは、『軍艦にはためくユニオンジャック』です。
権力の証? 統制が絶対の世界? 集団の力?
それが、私が過去に得て今世に持ち越した、馴染みがあって居心地の良い場所と使い勝手の良い資質ですって???
確かに、生まれた家と親は(軍関係では全くありませんが)その象徴どおりでしたが、私は、物心ついた時からそれが大嫌いでした。父のご機嫌をとるような感じのある、家族以外の私の知らない誰か。それをあしらう父から垣間見える力の大きさ。家長制度の雰囲気も、周囲からの同調圧力も、大嫌いでした。受け入れてしまえば楽に生きられるはずなのに、どうしてもそうしたくなかったのです。
逆に、正反対の場所にあるドラゴンヘッド――今世で目指すべき場所・その素養を身に着ける事が人生の目標とされるのは、愛と母性の象徴である蟹座。サビアンシンボルは雛のためにエサを探して土をつつき掘る雌鶏。
こちらは良く分かります。心があったかく感じられる程、納得できます。そうしたいと、心から思えます。
けれど。
問題は、私のそのドラゴンヘッド――目指すべき場所が2ハウスにあるという事です。
ホロスコープは1ハウスから始まり、成長しながら人生を進んで12ハウスに行き着きます。できる人ならそこで“強くてnewゲーム”のように一段階アップして1ハウスに行き新たなスタートを切り、それを何周もするくらい、どんどん成長していって良いのです。
なのに、私は、自分が心から安堵を覚えるゴールが、スタートの次の部屋で、ハイ終了~♪で良いんでしょうか。
ンなわけがない!!!
……と自分で思うという事は、私の魂はその先の成長を望んでいるという事です。
でも、わざわざゴール(に思える安寧)を捨てて、何を目指せって言うんでしょう?
分からないままその先に進もうとするのですが、当然、うろうろするばかりの日々です。
2ハウスの先で、ネイタルチャートが示すものも、なかなかの難易度。
5ハウス乙女座に火星障害・土星高揚・地球・冥王星。全て天秤座在住。
冥王星は6ハウスカスプに乗っかり、
その6ハウス天秤座は蠍座をすっぽりと抱え込むインターセプトで、内には木星、
射手座の始まりで月と天王星のコンジャンクション。
7ハウス射手座には海王星とリリスがコンジャンクション。
※注釈と、西洋占星術をご存じない方に解説
意思表明と行動力の源である火星は、天秤座では本来の力を発揮できずストレスを抱え、
逆に、試練を課す土星は制御が外れているくらい力を増していて、
自力でどうにもならない事をただ受け入れろと言う冥王星の言うとおりにしなければ次の成長段階(社会で能力を発揮して生きる)には絶対に進めず、
才能を世の中に拡げてくれるはずの幸運の木星は、拡がりどころか逆にジッと一点を堀り続けるのが趣味の蠍座にいて、
自由に生きたい、と癒しを求める、心の一番弱い部分である月は、いつでもスパルタに自己改革を突き付ける天王星がくっついて、どんな暗闇の小さな動きでも見逃さない聞き逃さないフクロウよろしく見張っている。
自分と他人を繋ぎ、社会と共有して育てていくべき夢を、見せて教えてくれる海王星は、悪縁の小天体リリスとべったりです。
もう、笑って下さい。
ちなみに月と地球以外、全て逆行です。
順行の時期の方が圧倒的に多い普段では、私は本調子が出ないというわけです。
……えーと、たぶん、既に知識のある方はお気づきになったと思うのですが、「やらない言い訳を並べてるだけだよね?」と。
はい。そう思います(激ヘコミ)。
でも、この難攻不落3コンボを超えた先にある8ハウスが――自分が社会で生きるために必要な資質を自覚する最後の要所であり、誰でもみんな攻略に苦労するらしい8ハウスが、私の絶対に行きたくないドラゴンテイルだなんて、頑張りたくないのも、さもありなん、です。
それでも、そこに行かなければならないらしい事は分かっています。
実際の人生でも、違う方へ違う方へと進む度に、冥王星に破壊される現象なのか、ことごとく、とてつもなく辛い思いをし、一度は命を絶とうとした事さえありました。助かったので未遂に終わりましたが。
なので、もういいかげんにそろそろ、ガツっと、私の中にはなかった視点からの観念をぶち込んで自分の価値観を作り直す決意をし、情報を探しまくり、さや様の記事を見つけたのです。
魂が輪廻転生を繰り返しているという“過去世”の存在を、おとぎ話として信じるのではなく、自分の身に実際に起こっているのじゃないかと認める事。
何でも自分の力で成し遂げようとする考え方は、一見、努力を投げ出さないとても素晴らしい事のように見えるけれど、別な視点から見れば、それは、何でも自分の思い通りにできるはずだという、ひどく傲慢な価値観をはらんでもいる事。
そうして、“過去世を表す”という視点で見直した、12ハウス。次の新たなスタートを始める1ハウスに行く前に、全ての整理整頓をしておくのが12ハウスです。
また、12ハウスは、8ハウスで受け取った物の意味がここで理解できる、という場所でもあります。
奇しくも、私の8ハウスには、例の、過去世から持って来た資質・業(ごう)やカルマも含めて表すドラゴンテイルが存在するのです。
景色が変わりました。
私の過去世の鍵は牡羊座太陽
私の12ハウスは、牡羊座です。
そして、人生の目的を表す太陽も、牡羊座にいます。
場所は11ハウスの終わり。誤差を鑑みる“5度前ルール”を適用するなら、太陽は12ハウスに入るのです。
さらに、西洋占星術の勉強を始めた頃はめぼしい情報が見つけられなかったので、今まで重要視していなかった、ドラゴンテイルと太陽のアスペクト。難しい課題を迫る角度を意味し、天体の緊張状態が最も高まる90度です。
これを因縁浅からず、と表現したらおかしいでしょうか。
でも、これは、もう、確実に、今世の私は否が応でも過去世の強い影響を受ける、という事なのではないか。
今世で私が人生の目的を見つけようとすると、必ずセットで過去世の影響が引っ張り出されてくるのではないか。
つまり、私が探し続けていた今世の人生の目的そのものが、過去世から持ち越した業(ごう)に向き合い、その何かを解決する事なのではないか、と思ったのです。
ここで、私の太陽について、少しお話しします。
牡羊座の太陽の性質は、一般的には、一言で言えば大胆不敵。
闘争意欲を、良い意味で上手に使う事ができれば、リーダーの資質とも言われます。
ところが、私に発現する太陽は、短所の方に偏っている……を通り越して、なぜか異常に攻撃的なのです。
自分自身の性質に関わらず、“太陽”が表すイメージだけを連想式で拡大してみようと試みても、数単語で非常に攻撃的な言葉に変わって行ってしまうのです。
そんな自分が嫌で、理由も分からないまま、とてもショックでした。
ですから、そんな自分を出さないよう心がけているのですが、じつは、普段は我慢なんか必要ないくらい、全く問題なし。
基本的に、私はいつも“のほほん”としているのです。
それが、ある特定の性質の人に対してだけは、人が変わったように、自分でも信じられないほど攻撃的になってしまう。
その性質とは、自分の考えや価値観を曲げず、聞き入れもせず、指摘や反論を権力によって押さえつけてくるような人です。要はパワハラですね。
そうしてくる人に、勝ち目がないと分かっていても、味方が誰もいない状況でも、激しい感情で容赦ない反撃に出てしまうのです。それこそ、窮鼠猫を噛むという言葉がかわいく思えてくるくらい。
結果、相手を潰す事もできましたが、私自身も潰れました。周囲も焼け野原でした。誰も幸せにならなかった。そんなこと望んでいなかったのに。
西洋占星術では、『自分がその天体のエネルギーを使えていないと、周囲の他人が使う』と言います。
のほほんと生きていたい私の太陽を代わりに使っていたのは、ブラック上司や、エネミー彼氏、一番最初は、恐怖を感じるほど厳格な父だったのでしょうか。
確かに、西洋占星術の“太陽”は自分の父その人を表すとも言います。
私は、最初は強すぎる父を倒すために、その父と同じような方法で、ですがもっと激しいフレアを燃え上がらせる太陽になってしまっていたのでしょう。
そんな暴走状態を生む太陽なんて使いたくない。使わなければ、穏やかで幸せな日々を送れるのだから。
でも、太陽を使わないで生きて行こうとしても、代わりに使ってくる周囲が現れて、反撃心を抑え切れず、結局、敵味方なく壊滅状態。
ならば、しっかりと制御して太陽を使う方法を、私は是が非でも身につけなければならないのでしょう。どうして特定の場面でそれ程までに激しい怒りを抱くのか、12ハウスを紐解いて理由を見つける事と並行して。
私の過去世は、性別を男と偽って入隊した海軍兵だったのかもしれない
再び、私の12ハウスについて見てみます。
私の12ハウスは、牡羊座のサビアンシンボル『想像力を通して、一度失われた機会を再び手に入れる』で始まっています。
私の過去世は、何かを失った人生だったという事なのでしょうか。
いったいどんな過去世だったんだろう。
それを読み解き、腑に落ち、納得し、過去世の思いを感じ切って完了させる事が、本当の意味で今世を生き始めるのに必要な事だと、さや様は仰っています。私の12ハウスの始まりのサビアンシンボルが示している事は、それと酷似しているように思えます。私の過去世を知る事が、私の今世の課題の重要な一つなのではないだろうかと思えるのです。
また、私の12ハウスは、牡牛座インターセプトで、12ハウスの中にすっぽりと牡牛座を取り込んでいます。
そして、感受性を象徴するその牡牛座の中に、魂の傷を表す小天体キロンがいます。
ならば、私の過去世は、感受性――心に大きな傷を負った過去世だったのかもしれません。
そのキロンのサビアンシンボルは『開いた本の一節を指し示す指先』。直感や、夢の知らせや、知らないはずの記憶など、スピリチュアルなものから答えを得る事のできる能力を表しています。
私にはそれがあってそれを使えという事なのでしょうか。
と、ここまで来て、ふっと思い出された記憶が、冒頭の、ウルトラマンの話なのです。
サビアンシンボルは一見、分かりにくいです。ですから、その理解と克服を助ける対向サビアンを見るわけですが、その理解と克服を助ける対向サビアンは蠍座『心の言葉に従い、規律に抵抗する軍人』。
……ん?
ドラゴンテイルのサビアンシンボルも、海軍のイメージだった……。
12ハウスのキロン。
過去世の傷。
つまり、これがもし、過去世から持ち越したものだとしたら。
ドキリとして、ネイタルチャートよりもっと過去世読みに特化している(占い師によっては過去世そのものを表すとも)と言われるドラコニックチャートで、あらためてキロンを確認。
すると、サビアンシンボルは水瓶座『海軍を除隊する兵』。
……違うのに、また海軍。
こんなに被るもの?
私は、過去世で、海軍にいたかもしれないの?
そこを辞めた事が、傷になっているとか?
でも私、今、そういう集団に所属するの、絶対したくないんですけど?
あらためて、ネイタルチャートのドラゴンテイルのサビアンシンボルの前後を見ると、
一つ前は『食べ物の袋を運ぶ五歳の子供』。
一つ後は『抑圧された女性がヌードになって心理的な開放を見出す』。
サビアンシンボルは、前後の繋がりも大切な要素です。
「過去世の私は、子供達が子供らしく過ごせない世界を何とかしたくて、もしくはそんな世界で生き延びるために、女だてら軍に入った、ある時裸になった事で心はほっとしたが、その結果が軍の除隊だった」としたら?
女性である事を隠していたと考えたら、すーごくあり得そうな話です。
そんな推理がピンと浮かびましたが、どうでしょうか?
そういえば、私は、見た目が女っぽい割に(自分ははっきり女であると意識し違和感も感じていなかった割に)、言動は非常に男っぽさがあるらしく、よく他人に指摘されます。自分では全くの無意識です。それも男に混じって男のふりをして生きた過去性の影響だとしたら?
また、幼い頃から楽器が好きでしたが、女の子らしいしとやかなフルートなどは嫌いで、男の子みたいと言われる(※何度もすみません、そういう価値観の人達と時代だったのです)某金管楽器が圧倒的に好きでした。それももしかしたら、過去世では海軍でラッパ隊が身近なものだったからとか?
小学生から始めた直後、先輩が何年経っても苦労しているのをしり目に、自分はスイスイ吹けて苦労した事がありませんでした。それもじつは、過去世でラッパ隊の所属だったからとか?
そんなこんなで、私は小学生から“某金管楽器・命”で吹いていましたが、ある時、他の金管楽器とは一線を画す超絶優しい癒しのホルンの音色に雷に打たれたような衝撃を受け、楽器を転向しました。その理由も、もしかしたら、過去世では軍隊の規律を叫ぶものだった金管楽器の音色に、別の役割があった事――この世界ではそれが与えられている事・許されている事に受けた衝撃だったのかもしれない、と思ったりもします。
そんなふうに過去世を想像して、なんだかとっても、ワクワクしてきました。
そう、占いって、そのためにあるんですよね。少なくとも私はそう思っています。前を向いて、希望を感じて、楽しくこれからを生きていける気持ちになるための物、と。
ですから、ここまででもう既に、さや様には大感謝なのです。
なのですが、ここで終われなかったのです。
ハッと思い出しました。今世で嫌がらせやいじめやパワハラ的なものをされても、見聞きしても、女性に対してはなぜか怒りは沸かず、起こるのは悲しみの方だった事。
そして、私に反撃の激情を起こさせるのは、なぜか、相手が男性の時ばかりだった事に。
さらにもう一つ。
※ここから十行程度は、性犯罪に関わる話なので、苦手な方は飛ばして下さい
なぜか私は3歳くらいの時には既に、自分がとても大人の身体の女性で、複数人に捕まっていて、何か分からないけれど胸や局部に酷い苦痛を受けているシーンを度々思い出していました。思い出すというのは適切でないのかも知れませんが、知らない体験なのに知っている、という感覚と状況はそれ以外にどう表現したら良いのでしょう。その自分はとても大人の身体の女性なのに、思い出しているのは3歳の自分だからその行為の意味はまだ知らない。知らないながらも、とても強く、私は絶対に屈しない、と何度も何度も心に思った、記憶なのか何なのか分からないストーリーが、私の中にあったのです。理由は分からないながら、絶っっっ対に誰にも言ってはいけないという気がしていて、本当に誰にも打ち明けた事がありませんでした。今ここに書いたのが初出です。
※ここから普通の話
何をどう言っても、価値観を変えるつもりがない人達への怒り。
試行錯誤の結果、最終的に元の価値観に戻るとしても、違う価値観を自らに取り入れる努力をする気もない人達。
疑問も持たない人達。
そういう人達に対する怒りと失望を、私は無視する事ができません。したくありません。
ネイタルチャートの天秤座に天体が集中している事が影響していようがいまいが、私は、全てにおいてバランスを取って生きて行きたいと思っています。人間関係だけじゃなく、全か悪か・正か偽かといった二元的な問題の、どちらでもない場所に答えがある事、むしろその方が多い事、またその答えは流動的で、常にその正解を――天秤の傾きを常に意識し、その瞬間瞬間の最善を考え続けて生きていく事を、私の揺らがない信念として生きたいのです。
ネイタルチャートを見ると、私の太陽は方々から圧をかけられ、決して自由でないように見えます。
ドラゴンテイルに、緊張の90度で過去世の辛さに縛り付けられ、
一方ではドラゴンヘッドにも緊張の90度から、あるべき穏やかな理想像を見せつけられ、
威力を増大した、人生の課題を課す土星には、過不足の一切ない状態を維持するよう真正面の180度から突き付けられ、
冥王星までが土星と一緒になって、やはり真正面の180度から、この状況を受け入れろと圧をかける。
太陽を助けてくれるはずの、牡羊座の支配性の火星は、傷ついて本来のパワーが発揮できずにいる。
けれど、それらが全て、私の太陽の暴走を止めるためだったとしたら。
抑え切れない激しい怒りに、我を忘れて反撃や鉄槌のつもりの拳を振り上げる事なく、その怒りと向き合い、一度は許せないと思ったものへの受容の力を育て、答えの出ない問題の新たな解決の道を考え自らを癒す機会を、魂に与えようとしている今世なのだとしたら。
私自身の始まりを示すアセンダントは、好奇心旺盛な双子座。サビアンシンボルは、自分を律し、道を極め、打ち抜いてその先を見る力を表す『矢がいっぱいに入った矢筒』。
双子座の支配星は水星で、私の水星は太陽にコンバストされています。元々、あまり距離の離れない天体ではありますが、私の水星は、太陽と0.03度差。
何も知らなれば、完全に太陽に焼き尽くされるままだった――コントロールできない感情に翻弄され続けていた今世だった事でしょう。
でも、もう分かった。
それは、好奇心を無視しないで、色々な情報を探して、辛くとも言語化を試みる事で自分と向き合い、勉強してきたからできた事。
つまり、さや様の仰る通り、今世をしっかりと生きるために必要なのは、私のチャートルーラーである水星で、それが始まりを司っていた。
また、さや様は、チャートに書かれている事は、全てがギフトであり、まだ手にしていないものでもある、と仰っています。
私の太陽のサビアンシンボルは、『望みの庭に続く全ての門が開かれている』。
過去世の傷を昇華し終えたら、私は、まだ実感のないそれらたくさんの希望を、しっかりと感じに行こうと思います。
たくさんの気づきを下さったさや様に心から感謝致します。
さて、まだ出していない情報もまだまだあり、いくらでもしていられる占星術の話ですが、このくらいにしておきます。
4歳の時の、あり得ないくらい大人びた(マセたとも言う。笑)想いは、魂に残っていた過去世の私が抱いた恋心だったのかもしれない、と思い始めています。