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クロスワードパズル

◯登場人物
真理子(55)
芙美(76)


田んぼが広がる片田舎にある一軒家。
縁側に隣接した畳敷きの部屋から外に広がる田んぼを眺める真理子。
芙美、お盆のお茶を真理子の前のテーブルに置く。

芙美「はいお茶よ」
真理子「ありがとう、お母さん」
芙美「奈緒ちゃんの様子はどうだったの?」
真理子「足の怪我は大分よくなっているみたい…。もう少しで松葉杖なしで歩けるようになるって」
芙美「よかったじゃない」 
真理子「でも、まだ精神的にショックを引きずっているみたいで、全然私と話してくれないの。何を言っても『うん』ばかりで」
芙美「そうなの?」
真理子「奈緒、まだ30前なのに、ちょっと白髪が目立ってきていてね。見ていて悲しくなってきちゃった」
芙美「ろくでもない男に引っかかったばっかりに」
真理子「…なんでこんなことになってしまったんだろう。私、一生懸命に子育てしてたのに」
芙美「そうね、確かにあなたはよくやっていたわ」
真理子「子どもが生まれてから仕事も辞めて、美味しくて栄養のあるご飯も作ってあげて、勉強の環境を整えて習い事も塾も行かせて、いい学校に入れてあげたのに。…あの子が現役で国立大学に合格したときは私の子育ては成功したと確信したのに」
芙美「真理子は悪くないわよ。全部男が悪いの」
真理子「そうよね、ろくに就職もせずに女の家に寄生して、金をせびっているだけのクズ男。でも、なんであんな男に引っかかっちゃったんだろう」
芙美「人生経験が少ないとそういうこともあるわよ」
真理子「私、何回も奈緒に言ったんだよ。あんな男とは早く別れなさいって。それなのにいつまでたっても別れない。挙げ句に浮気されて痴話喧嘩の末に、アパートのベランダから飛び降りるなんて。2階からだから骨折だけですんだけど、もっと高いところだったらと思うとゾッとする」
芙美「嘆いていてもしょうがないわ。母親のあなたがしっかりしないと」
真理子「…そうね。でも自信がない。あの子、私の言うことを全く聞かないのよ」
芙美「頑張りなさい。母親でしょ」
真理子「…」
芙美「ところで奈緒ちゃんはいつ頃退院できそうなの」
真理子「来週末かな」
芙美「その後、奈緒ちゃんはどうするの? もしよかったらこの家でしばらく預かろうか?」
真理子「えっ」
芙美「奈緒ちゃんも精神的に参っているみたいだし、田んぼのある緑豊かな田舎で過ごす方がいいんじゃないかと思うの」
真理子「…うん、そうね。それに奈緒は私なんかよりもお母さんの言うことの方をよく聞きそうだし」
芙美「そんなことはないと思うけど…。でも奈緒ちゃんと久しぶりに過ごせるのは嬉しいわ。あっ、そうだ。真理子が今度お見舞いに行く時にこれを持っていってくれる?」

芙美、押し入れからクロスワードパズルの雑誌を数冊取り出す。

真理子「クロスワードパズル?」
芙美「そう。奈緒ちゃんってクロスワードパズル好きだったでしょ?」
真理子「そうだったっけ?」
芙美「そうだったわよ」
真理子「そういう覚えはないんだけど」
芙美「そうなの? 子どもの時にここに来たときはよくやっていたわよ」
真理子「あっ」
芙美「どうしたの?」
真理子「これ、私があの子にやるように言ったんだわ」
芙美「えっ、そうなの」
真理子「中学受験の勉強の合間にやる頭の体操にはちょうどいいと思って」
芙美「そうだったのね。奈緒ちゃんって従兄弟たちと携帯ゲームもやらずにこればっかりやっているから、てっきり好きなんだと思っていたわ」
真理子「あの子が小学生の時はゲームをやるのを禁止していたから」
芙美「あら、そうなの」
真理子「…あの子、昔は私の言うことを何でも聞いていたのよね」
芙美「…もしかして小さい頃からいろんなことを我慢していたのかもね」
真理子「…そうね」

真理子、窓の外に広がる田んぼを眺めながらつぶやく。

(終)






 


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