おもいっきり、泥だらけになりたくて。
家を買うにあたって。
ひとつだけ、やりたいことがあった。
砂場だ。
庭に、砂場をつけたい。
それは、息子のためでもあるが、わたしのためでもあった。
小さいころ、アパートに住んでいた。
敷地内に、4棟の建物が並び、各棟に4世帯。
だいたい、子連れの家族だったので、私たちは自然と家族ぐるみで出かけるような仲だった。
その4棟が建つあいだに、自転車置き場がある。
その裏手に、広めの砂場がひとつあった。
公園の砂場くらい大きくて、自転車置き場の中の一角には、砂場道具を置くスペースもある。
みんなでスコップを持ち寄って、この砂場でたくさん遊んだ。
毎日裸足で、山を作り、トンネルを掘り、時には砂をかけ合って。
近くには、浅い小川があった。
敷地のすぐ横を流れていたので、そこからバケツで水を汲んでは、砂場に流して、泥をつくった。
小川の向こうは、畦道が続く。
畑と田んぼのあいだを歩けば、四季折々の野花が咲いている。
それをとってきては、砂場に持ち込み、あれこれ作った。
タンポポとよもぎのケーキ。
野いちごのプリン。
ススキを飾って、泥団子。
雪が降れば、白と茶色でカレーが作れた。
泥団子も作った。
丸めて、磨いて、何度も割れた。
落とし穴も作った。
段ボールを濡らして、穴の上に乗せ、そこにさらに砂をかぶせるのだ。
体格のいい友達のお父さんを呼び寄せ、砂場を歩かせ、穴に足を落とした。
バレバレだった落とし穴に、ちゃんと叫びながら足を突っ込んでくれたおじちゃん。
あのときは、ありがとう。
あるときは、幼馴染と砂場でカエルを捕まえた。
深い穴を掘って何度もカエルを閉じ込めるのだが、ぴょいーんと飛んで出てきてしまう。
追い回して、最後には小川に逃してしまったが、そのあと、わたしと幼馴染の手には、大量のイボができた。
わたしたちは、「カエルの呪い」と呼んで大騒ぎした。
そんな思い出いっぱいの砂場。
わたしの幼少期の記憶の真ん中には、いつもあの砂場がある。
しかし、砂場はもう、ない。
10歳で引っ越したあと、お気に入りだった砂場やアパートが忘れられなくて、幼馴染とたずねたことがある。
砂場は、跡形もなく埋められていた。
管理人さんにたずねると、ある頃から猫が糞をするようになり、さらにはアパート自体に子連れ家族が減ってしまって、使い手がいなくなってしまったという。
だから埋めて、駐車場にした。
寂しいが、時代かなあとおもった。
近くに流れていた小川も、見れば水などすっかりなく、泳いでいたドジョウもザリガニもいない。
畦道の近くには、「勝手に入るな」の文字。
よく考えたら、そりゃあそうだ。
知らない人の、敷地なんだから。
野花も雑草も綺麗に刈られているのを見て、寒々しい気持ちになった。
あのころはよかった、なんて言いたくない。
そんな年寄りめいたこと、ウザいって分かっているから口にしない。
でもちょっと、しんみりした。
わたしがあの日、遊んだ砂場は、もうない。
自由な砂場は、もう消えた。
そのことが、わたしも幼馴染も、受け入れがたいような、切ないような。
だから、わたしは砂場をつくった。
あの日、心ゆくまで泥んこになった砂場の楽しさを、子どもたちにも味わってほしい。
徒歩圏内には、公園がない。
車で向かえば砂場もあるが、人目があるとどうしても気になる。
昔、濡れる気のなかった親子が、うちの子がバケツで水を汲んでくるのを見て、大慌てで帰ったことがあって、申し訳なかったのを思い出す。
それに、なにより「わたしも」遊びたいのだ。
わたしも裸足になって、泥を踏みたい。
手を汚して、トンネルを掘りたい。
花をのせて、一緒にケーキ屋さんがしたい。
それならば、後片付けのことも考えると、やっぱり家に砂場が欲しい。
そんな思いで、業者に依頼。
庭の一角に、1.5m四方の砂場を作ってもらった。
自分でレンガを積んで、砂を入れれば、お金もかからないと言われたが、そういうことは面倒であまり得意ではない。
近くに水道も作ってもらって、我が家の砂場は完成した。
あれから、4年。
砂場は、今も大活躍している。
息子二人は、砂場が大好き。
長男は、水を出しては水路を作り、工事現場ごっこを楽しんでいる。
庭の芝生や畑の雑草を摘んで、おままごとをする時もある。
次男は、砂場で泳いでいる。
砂の上に大の字になって、ジタバタする。
当然、服も顔も砂まみれだ。
これが、遠い公園の砂場だったら。
きっと、ここまでさせられなかった。
家なら、どんなに汚れても、着替えはすぐ取れるし、シャワーも出せる。
そんな環境だから、のびのびできる。
まあ、家や風呂場は砂まみれになるし、服も何枚も死んだけど。
いいんだ、そんなこと。
満足なんだ、わたしは。
今日もよく晴れ、外遊び日和。
次男は、早速スコップ片手に、玄関の外へ飛び出した。
砂場であそぼう。
思いっきり、泥だらけになって。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?