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25歳草食男子と40歳肉食女子という、まったく種類の違う生き物が出会うお話。〜年上(年下)のススメ〜

これは、25歳草食男子と40歳肉食女子という、まったく種類の違う生き物が出会うお話。
〜年上(年下)のススメ〜


◎••••••草食動物のキョン(25歳男性が書いています)
○••••••肉食動物のユキヒョウ:以下ユキ(40歳女性が書いています)

◎遡ること1年前、ボクは出会いを求めてこの世で一番不健全とされるアプリである【Tinder】を始めた。

 その発端は、中学時代の友人と呑んだ時のこと。当時、集まった4人とも恋人がいなかった。童貞もいた。酔っぱらって現状を嘆いたボクたちは、マッチングアプリを始めようという結論に至ったわけである。
 4人それぞれが使うアプリを選ぶべく、既存のマッチングアプリを全て挙げた。そして、最初のポケモンを選ぶかのように「このアプリに決めた!」と顔写真をすぐさま登録。まさに今時の若者のノリだ。
 ボクは相棒にTinderを選んだ。
 ボクの相棒はろくでなしだ。噂によると、ここに生息する男たちの必殺技は『ホテル行こ』のヤリ目属性。Google検索で「Tinder」と入力すると、『Tinder やばい』『Tinder ホテル』『Tinder 見極め』とこの世の終わりのような検索候補が散見される。
 ただ、ボクはTinderがどんなものか知っていて選んだ。Tinderだからこそ選んだのだ。

「ボクのことを可愛がってくれるお姉さまがいるのではないだろうか」

 ボクは恋愛に対しては消極的な部類だ。それなのに性欲はあるし女の子は普通に好きだから(めんどくさい奴)、自分からグイグイいくよりも相手にリードされたいという何とも都合の良い願望が強かったのである。性欲が渦巻くTinderにならば、そんな夢みたいな女の人がいるかもしれないと考えたわけだ。

 かくして! 
 サバンナの隅っこで縮こまっていた恋愛に臆病な草食男子、キョン。
 仲間の群れから一人離れ、Tinderという肉食動物のサバンナへと走り出したのである!

○私は半年と少し前、ティンダーを始めた。
 言い訳がましいけど、私は出逢い系アプリを毛嫌いしていた。出逢い系アプリって、人口の多い東京とかで効率よく出逢うための便利なツールであって、田舎暮らしの私が始めても、顔だけ晒してろくな人に出逢えないっていう恥ずかしい結末になるとわかっていたから。
 私の周りの同年代は、アプリに抵抗がある。1つ歳上の女友達なんて、東京住みなのに、よりによって職場の男性に見つかり、顔から火が出るほど恥ずかしかったそう! 

 そんな私がティンダーを始めたのは、あるきっかけから。仕事柄、外国人との出逢いが多い私は、イギリス人(28歳)の女友達と焼肉に行った。女子同士でご飯に行くと、だいたい恋バナになる。そこでティンダーの話題になった。友達は、今の彼も前の彼もティンダーで見つけたと話す。

友「ちょっと私のアプリで操作してみなよ!」
私「こんな次々人が出てくるの?」
友「スワイプしてって!」
私「どうやるの? あ、マッチングしちゃった!」
友「ちょっと‼」

 お腹が痛くなるほど笑い転げながらそんなやりとりをして、楽しい時間はあっという間に過ぎた。
 そんなこんなで(どんなこんなだ)、私は1ヶ月間限定でティンダーをやることになった。今思えば、ノリとはいえよくやる気になったな……。
 実は、私の背中を後押しした理由がもう1つあった。それは、10年以上欠かさず見ている大好きなブロガーが、旦那さんを見つけた場所がティンダーだったから。
「ヤリモク男子だけじゃないかも……」
 これが本当に私の運命を変えるとはその時は知らず。私はゆるーくアプリを始めたのだった。

◎スマホの画面に赤いアイコンが追加されてからというもの、ボクの人差し指は忙しかった。
 誰かボクを見つけてくださいという気持ちを込めた指で、Tinderの画面を右へ左へ、右、右、右、左、右、右……

 ところがマッチングアプリも楽じゃない。そもそもマッチしないという問題から始まり、マッチしたとしても警戒している女性は返信すらないこともざらである。女性側からNGがでないように、もはやテンプレと化した挨拶や質問を細心の注意を払いながらぶつけていくさまは、まるで営業だ。「草食系男子のキョン」という商品を売り込むのは中々に骨が折れる作業だった。
 とは言いつつも、やっぱり楽しい。ボクの下心は正直だ。

 実際、何人かに会うことができた。出会った全員のことを紹介していくとキリがないから話さない。結論から言うと、誰一人として恋人にはならなかったし、体の関係もなし。
 出会うまでにこぎつけた人たちとは、だいたい1か月以上アプリ上でやり取りをしてからボクから誘うのがお決まりのパターン。女子のほうからの都合の良いお誘いを待っているなんて、一億円を求めて働かずに宝くじを買い続けているようなもの。何人もの女性と同時進行で会話を続け、時に名前を呼び間違えたり、時に同じ会話を繰り返したりしながら草食動物は広大なサバンナを駆けずり回っていたのだ。

 そんなある日。ボクのもとに、ある一通のメッセージが届いた。送り主はユキさん。

「今度、一緒にご飯食べに行く?」

 女性のほうから、初めてのお誘いである!
 トーク画面を見ながら、思わず一人で「え」と声を上げた。そのたった一文を何度も何度も読み返し間違いじゃないことを確かめた。そのうちスマホの画面がスリープし(どんだけ眺めてたんだ!)、真っ暗な画面には、にやけた顔のボクが映っていた。
 
 ボクは相当舞い上がっていた。
 待ち望んでいたシチュエーションだ! 積極的なお姉様が、サバンナで弱っていたボクを拾ってくれたんだ!
 ボクは即答した。「いいですよー!」

 しかし。
 興奮も束の間。やりとりをしている間にボクは冷静になった。
 こんな都合が良いことがあるのか?
 まだマッチして会話を始めてから1週間しか経ってない。彼女について知っていることといえば、好きな食べ物だけ。登録された写真は美容院で撮影したと思われる後ろ姿一枚のみ。
 そして、1番気になった点。

 『39歳』(当時)

 ボクはアプリの年齢フィルターは特に設定していなかった。今まで同い年や年下としか付き合ったことはないとは言え、年上も大好きである(初恋は母の会社の同僚)。むしろ、年上に安心感を覚えるくらいだ。
 ただ、39歳となるとあまりにも年上なのでさすがのボクもたじろいだわけだ。
 だけど、そんなボクの気持ちとは裏腹に、予定はあれよあれよと決まっていく。なんと、初めての食事が夜にカジュアル居酒屋で話がまとまった。
 夜! これまでは女の子を警戒させないために、昼にカフェが定番だったのに、それがいきなり夜! しかも呑み!
 最高だ。ボクが待ち望んでいたシチュエーションじゃないか!
 でも。嬉しいはずなのに素直に喜べない自分がいる。ボクの頭の中に、ある一つの考えが浮かんでいた。
 もしかしてボクは騙されているんじゃないか?
 年齢も年齢だし怪獣のような人が来るとか(失礼すぎる)、実は女のフリをした大学生がからかっているとか。いや、もっと最悪のパターンもあり得るぞ。まさかこれは美人局という名の肉食動物の捕食なのではないか?
 
 行くのか行かないのか、葛藤を繰り返していたボクの覚悟が決まったのは、会社の先輩に相談した時のこと。
「そんなに不安だったら俺がついていくよ。遠くの席から見守っててやる」  
 なんとも頼もしい。それならば! 
 これ以上アプリを続けていれば、ボクの人差し指はスワイプのし過ぎで指紋がなくなってしまう! ここが勝負だ!
 こうしてボクは、約三か月ほどの時を経て、肉食動物が潜んでいる洞窟の入り口に辿り着いたのであった!

○登録だけは済ませたものの、ノータッチのまま数日放置されているティンダー。開くのすら気が重い……。もちろん身バレを充分警戒して、写真は後ろ姿。
「そろそろ始めなきゃなぁー」
 機械オンチのアラフォーは、おぼつかない操作でアプリを開く。
「えぇぇぇーーー」
 思わずため息交じりの変な声が出る。そこにはlike待ちをしている、ケタ違いの男子の人数!! とりあえずこの人たちを整理しなければ……。
 その日から、私のNOPE(バット)斬りという作業がプライベート時間に組み込まれた。雑務処理のように、とにかく斬る、斬る、斬る!!! 左へ右へ、左、左、左、右、左、左……。

「私は一体何をやってるんだ??」
 アホみたいな作業を猛然とこなしている自分に、虚しさを感じた。

 いい加減結婚相手を探さなきゃいけない年齢。黙ってても出逢いはゼロ。だけど……。こんなに出逢いがなくなるってわかっていたら、あーでもない、こーでもないって悩んでないで、元彼と結婚してたよなぁー。
 私は過去に3人からプロポーズを受けていた。当時真剣に悩んでいたことなんて、今の私からするとどうにでもなることなのに……。

 でも、そんなこと考えたって仕方ない。
 私は悟りを開いたかのように、無心でNOPE斬りを再開した。そして、わずかに残された、見た目がタイプの数人ともささやかにやりとりを始めた。
 それにしても世の中には色んな人がいるな。下ネタオンパレードのオーストラリア人……却下。切実な事情があるらしく、どうしても泊りがけじゃないと会えない学生……却下。
 そんな中、私は恐怖のコメントを目にする。
「俺たち、すぐ近くにいますね♡」
 ティンダーには位置情報を公開する設定があるのだ!
 背筋が凍った。
 この方は、見ず知らずの私が近くにいて、何がそんなに嬉しいんだろうか。
 私が位置情報を切るのに数秒もかからなかった。

 それから思うことがもう一つ。
 この人たちは、会ったこともない人と当たり障りのない会話を延々としていて楽しいんだろうか? 実際に会う以前の会話はどうにだって偽れるから無駄でしかない。会ってみて初めて、人間関係ってスタートするのだ。
「この草ばっかり食べてる男子たちにリードをまかせていると、架空の会話が何年も続くぞ……」
 無駄なことが苦手でせっかち、周りから「行動力のユキ」と代名詞が付くほどの私は、メッセージを一斉に数人に送った。

「今度、一緒にご飯食べに行く?」

 我ながらかっこいいー♡♡♡
 冗談はさておき、決して暇ではないのにこんな面倒なアプリを始めたんだから、一分だって無駄にしたくない。何か前向きな出逢いを見つけたら、一刻も早くこんなアプリやめたい!!
 そう頭の中で忙しく考えていたら、呑気な返信で我に返った。

「いいですよー!」

 この青年(キョン君)は、やりとりをしている数人の中でも、ゲスっぽくない雰囲気を醸し出していた。
 アイコンから顔ははっきりと識別できないけれど、服の趣味が合いそうだし、友達が撮ったであろう満面の笑顔から、いい友人に恵まれている感じも伝わってくる。
 そういえば何歳だっけ? あー14歳下か!
 私の年齢が年齢なので、社会人になってから仲良くなった女子とはそれ位の年の差は珍しくない。それに気が合ってしまえば年なんてお互い全く気にならないので、14歳差には思ったほど抵抗はなかった。
「変な人じゃないといいなー」
 忙しさの中で約束の日はあっという間にきた。
 この時点で、ティンダーを始めて2週間が経過していた。
 

◎運命の日。
 ボクはソワソワしながら約束の場所へ辿り着いた。
 クラフトビールが有名なお店。金曜の夜ということもあって店内は賑わっていた。
 まだ、待ち合わせの時間には10分ほど早い。ガラス越しに店内を外から眺めていると、いた。先輩である。
 先輩は奥さんと料理を楽しんでいて、ボクに気がつくと間も無く会計をしてお店を出てきた。
「(席を)温めておいたぞ。頑張れよ」 
 スマートである。
 ボクは意気揚々と返事をして店内に入り、空いたばかりの二つの席をしっかり確保。1人水を飲みながら、店内の美人局関係者思われる風貌の男たちに警戒し目を光らせる。
 待っている間、アプリを開いてユキさんとの会話を見直す。どうやら仕事が長引いたようで少し遅れるという。
 ここで不安要素が一つ。Tinderには、現在地登録というものがあって、2人の物理的距離がKmで表示される機能がある。それまで特に気にしたことがなかったが、彼女の現在地がボクと100Km以上離れているのだ。
 遠方から来てくれるの! なんてフットワークの軽い人なのかしら!
 そんな風に心の中で軽口を叩かなければ、不安と緊張に押しつぶされてしまいそうだった。とりあえず気にしないようにしよう。そうやって姿勢を正した時、通知が鳴った。

「今女の人とすれ違った! 多分その人だ!」

 先輩から。
 ボクは立ち上がった。一気に緊張が押し寄せてくる。これまでに女の子と会った時も多少は緊張したけれど、その比ではなかった。
 ボクは彼女を迎え入れるべく店の入り口へと向かった。

 ガチャリーー

 ドアが外側から空いた。それで、女の人が入ってきた。
 ふわ〜っと風が吹いて、ポンポンッとお花が咲いた。 
 そんなエフェクトが見えるくらいに綺麗な女の人だった!

 ユキさんであることを確認して、席について注文する。そして料理が来るまでの間に自己紹介やら交通手段やらお店の雰囲気やら、お決まりのことを話す。
 マスクの下の素顔をお披露目という一大イベントは、ボクのテンションをさらに上げた。想像通り綺麗だったから。
 それから料理とビールを味わいながらボクたちはお喋りをした。料理の味はあんまり覚えていない。美味しかったのは美味しかったけどそれ以外の感想はあまりない。
 緊張していて味がしなかったのではない。喋るのが楽しくてそれどころじゃなかったからだ。
 ユキさんが話すエピソードトークはホントに面白い。
 海外を旅行した話。友人の結婚式でフラッシュモブをした話。新しい仕事を見つけるときは、決まって面接ではなくお客として店員と仲良くなってスカウトされること。何人ものおじさんストーカーと戦ってきたこと。
 話を聞けば聞くほどボクとは真反対の人間であることを知る。大きな爪と体は大人の余裕であり、鋭い牙は高いコミュニケーション能力である。
 ボクら草食動物にはない、別世界の生き物の特性だった。
 ただ、それが不思議と嫌じゃなかった。
 それは多分、あまりにも歳が離れているから。これまでに同年代の女の子からそんな話を聞いた時にはちょっと構えていたけれど、39歳だと逆に肩の力が抜ける。格好つける必要も、つまらない見栄を張ったりプライドを守る必要もない。いつの間にか、ボクの人生相談みたいになっていたのもきっとそのせいだろう。
 あとはもう一つ。
 好きな音楽やお笑い芸人の話は、まったくと言っていいほどはまらなかったボクら。けれど、「雨の日のカフェが好き」という意見はぴったり重なったのである。
 なんだか、それだけで充分な気がした。

 ボクは一番聞きたかったことを聞いた。

「なんであんなにすぐに誘ってくれたんですか? そんな女の人いないですよ。美人局かと思いました笑」

 すると彼女は、
「だって、アプリでする上辺の会話がめんどくさかったんだもん」
 って笑ってた。

 なぜだか妙に納得したのを覚えている。
 なるほど。どうりでこんなに会話が楽しいわけだ。

 店から出て、LINEを交換した。
 また色々相談させてください! そんな軽いノリで次会うことを決めた。
 ユキさんもまた会いたいと言ってくれて嬉しかった。

 そんなボクらの横を、先輩がニヤニヤしながら通り過ぎたことはもちろん彼女は知らないのである。
 

○その日は万全なコンディションで会える日じゃなかった。仕事の疲れで顔はボロボロなのに、化粧直しの時間もなさそう。待ち合わせの場所まで長めの距離を歩くので、服装も結構ラフ。こんなんで大丈夫かな。
 ちなみにティンダーで会うのはキョン君で二人目。前にお茶した人は、お給料はいいし、美味しいパンケーキもご馳走してくれた。でも、アイコンの写真を3倍くらい横に引き延ばした見た目だったし、ものすごいネガティブ思考でこちらまで暗い気持ちになったので、ナシ。
 だから、今回だってすごく期待しているわけではなかった。まぁ、ダメでも、自分の第一印象を聞いたりして、客観的に自分がどう映っているか、自分を知る時間に活用しよう。

 ちなみに私のタイプは、大学の周りを歩いているような人たち。それなりに美意識が高く、爽やかで高身長な人。最近の韓国ブームも素敵じゃないか。大学の近くを通るたび、こういう人、うちら世代のフリーにはもういないなぁーと遠い目で眺めていた。

 定時には帰れず、遅れる謝りの連絡をして約束の場所に向かった。  
 こーゆー予定の前は、ドタキャンしたくなる自分との闘い。でも、料理とお酒の美味しいバルだからそれだけで行く価値はあると自分を奮い立たせる。
 一人競歩大会をしてお店に近づくと、お店の入り口に人が立っていた。
 目が合ったが何も言ってこない。この人じゃないのかな? 店員さんかな? 一瞬のタイムラグがあって、「ユキさんですか?」と可愛い笑顔で挨拶された。この青年は、若干時間軸が人より緩やかなようだ。
 そして、私が彼に感じた第一印象は「爽やか大学生」だった。

 料理は美味しくて会話も楽しかった。あるカフェの、サラダのメープルナッツドレッシングが本当に美味しくて大好きなんだけど、そんなニッチな話題に激しく同意してくれたのが嬉しかった。他の友人に話したときは温度差があったのに、キョンは同じ温度だ。
 それと、当たり障りのない会話が苦手なこともいっしょ。本音トークをしてもらえた時は嬉しいし、何か成し遂げたり、極めている人の話は興味深くてわくわくする。キョン自身も、過去の恋愛話とか、仕事の不安とか、本音で色々打ち明けてくれて、この人とは仲良くなれるなって確信した。高身長ではないし、一瞬で恋に落ちたとかじゃないけど、一緒にいると楽しくて居心地がいい。

 ただ、やっぱりジェネレーションギャップはあった。
 別に、アプリの話とか好きな音楽とかお笑い芸人が食い違うのはたいしたことじゃないんだけど、キョンが無邪気な笑顔で言った、
「ボク、結婚願望全くないんですよね~!」
 という言葉には、一気に現実に引き戻された。

 私の中で、初めての彼の時から、結婚を考えない人と付き合うという概念がなかったから、この時点で彼氏になることはないなって思った。気の合う男友達、弟ってところかな。
 彼は、39歳の私に対してどういうつもりでこの言葉を発したのだろう? 何も考えてない気もしなくもないけど……。
 彼は満面の笑みで、また会いたいと言った。私たちは、次回会う約束をしてさよならした。なんとなく手応えのない、寂しい気持ちが私の心に残った。

◎それからというものボクたちは、映画を見に行ったりお酒を飲みに行ったりする仲になった。体の関係は一切ない草食動物と肉食動物が、サバンナをともに駆け回るのである!

 まぁそんなことが続いていれば、草食動物は仲間に自慢したくなる。
 群れに戻り、サバンナの端の池のほとりで水を飲みながら39歳のお姉さまとのことを声高々に語るのである。仲間の食いつきようはすごい。

「肉食動物はどんな生活をしてるんだだ⁉︎」
「後でお前が喰われるんじゃないのか⁉︎」
「交尾はどうやってやるんだ⁉︎」

 最初の頃はそれが気持ちよかった。きっと、周りよりも大人になった気でいたのだ。
 しかし、ボクは大人の現実に直面する。
 39歳のお姉さまの話をすると必ずと言っていいほど飛び交う言葉。

「結婚」である。

 そもそもボクは、これまでの人生で結婚というものを深く考えたことがなかった。なんとなく35歳前後でするだろうなぁとかそれくらい。20代で結婚なんてありえない将来設計図を作っていた。そういえば、ユキさんと初めて会った時にそういう話になり、何にも考えずにまだ結婚する気がないとか言ったような気もする。
 
 草食動物キョンは池に映った自分の姿を改めて認識したのである。
 なんて暢気な顔だろう。
 ボクは25歳男性で、彼女は39歳女性。
 彼女といる限り、どうしても結婚という言葉はつきまとって振り払うことはできないのだ。
 
 ボクは彼女とどうなりたいのだろう。
 考え始めた途端に、39歳女性を異性として強く意識し始めた。

 なんとなくでTinderを始め、なんかお姉さまと出会い、この瞬間がただただ楽しい。

 やったー。ラッキー。キレイー。あそぼー。たのしー。

 ただ、それだけだったのに――

○後日、キョンと映画を観て居酒屋に行った。2回目にして、何でも話せる仲だ。キョンはこんなにすぐ気を許せることは珍しいって私に言った。時々人から言ってもらえるこの言葉、私はすごく嬉しい。
 話は盛り上がって時間はもう朝の2時。次の日も仕事なのに、珍しく遅くまで過ごしてしまった……。「そろそろ帰ろっか」私的には普通の流れだったと思う。でも、帰る時にキョンがものすごく寂しがった。「もう1軒行かないの? まだ話したい……」すっかり弟のような愛着が湧いてしまったキョンのこの姿に私の母性は揺れ動いたが、「これ以上は明日起きれないから……ね」と諭して、人通りがなくなった交差点でバイバイした。群れからはぐれたキョンはぽつんと一人立ちつくして、最後にこう言った。「さみしいなぁ……」
 こういうの、素直に口に出してくれるところ、好きだな。

 14歳下の彼には、プライドとか見栄とかがジャマしない、気持ちをそのまま言葉にできる素直さがあった。私の世代になると頭の固い男ばっかりだから、その心の大きさが私にとっては「尊敬」だった。私は、日ごろ言葉で気持ちをうまく伝えることをとても大切にしている。言い方を工夫して上手く言葉にしてくれる人を尊敬しているし、そこに責任感と男気を感じるのだ。

 家に帰ってからも、嫌がる子どもを保育園にむりやり預けてきた後みたいに(経験ないのにね)、ずっとキョンの寂しそうな顔が心にひっかかっていた。このままだと気がかりだ。
「今日の仕事終わり会おっか? シロクマベーカリー行く?」私はラインを送った。食の好みが合う私たちは、大好きなパン屋さんの話でも意気投合していた。
「いいのー!!??」
 そして夕方、パンを買って、キョンの家で食べることになった。

 キョンの家は意外にも殺風景だった。
 テーブルもなくて、床でご飯を食べる、ピクニックスタイルだ。だけどパンはどこで食べようがやっぱり美味しい。

「美味しいを共有できるって、いいな」

 昨日の今日なのに話も尽きない。そのうちお互いの理想の付き合い……そして私たちのこれからの話の流れになった。
「私たち、これからどうしよっか?」
 私の口からぽろっと出た。「流れ」とか「うやむや」とかが苦手な私は、曖昧にされたら付き合わないつもりだった。
 でも、可愛くて草が大好きなキョンから想像以上の言葉が返ってきたのだ。声は震えていたし、涙目だったけど、私はその瞳の奥に、キョンの男気と責任感の強さを見たのだ。そして、彼がものすごい速さで成長し、変わっていく予感も見た。……これは、キョンには伝えてないんだけどね。

 これが、私がティンダーを始めてから1か月と数日の出来事。


◎『ボクはユキといるのがすごい楽しい。思う存分甘えられるし、色んなことを教えてくれるから自分も成長できるし、奥手なボクを引っ張ってくれる。歳の差なんか気にならない。むしろ、ボクみたいな草食男子にはユキくらい年上の女の人が合ってるみたい。
 だから、恋人になってほしい。
 ただ、ボクはまだどうしても結婚というものがよく分かっていない。ホントに情けないけど。どうしても自分が結婚しているイメージが上手く掴めなくて……って、ワガママな言い訳だけど。要は、まだ結婚は考えられないということです。
 ユキにくらべたらボクはまだまだコドモだし、考え方も未熟だと思う…
 でもボクは、ユキのそばにいたい。』


 
 

◎とにもかくにも。
 こうしてボクたちは恋人となった。
  
 そして、現在付き合って半年が経過した。
 その間にもたくさんのことがあったし(彼女は40歳の誕生日を迎えたとか)、今思うこと、これからのこと。書きたいことはまだまだたくさんある。

 お。
 雨が降ってきた。

 というわけで。
 一旦ここまで。続きはまたの機会に書くことにします。

 さて。

 年齢も性格も育ってきた環境も違うボクたちは、今日も二人でドレッシングの美味しいカフェに行く。

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