家に生霊がいた話

ある日、夫からこんなLINEがきた。



『最近、男の人とトラブったりしてない?』



不穏なLINEである。

あまりに唐突だったので、何も心当たりがないのにドキッとした。


家と会社の往復を繰り返すだけの日々に、「男性とのトラブル」などというセンセーショナルな出来事が介入する余地はない。
なのですぐに「ありません」と返信したが、ふと不安が過ぎった。


心当たりがないだけで、何かしらやらかしてしまったのではないだろうか?


知らない間に誰かから恨みを買っているかもしれない。
普通に生きていれば、大なり小なりそういうことはあるだろう。珍しい出来事ではない。周りでそういう話を聞いたこともあるし、好きで観ている刑事ドラマでも、全然関係無さそうな人が犯人として現れ、「実はあのとき……」的な展開はよくある。

そこに思い至ると、不安はどんどん募ってきた。


もし、私が知らない間に何か失礼なことをして、その相手がずっと私を恨んでいるのだとしたら?


昔の知り合いや同級生などの伝手を辿って、私の現況や夫の存在について、既に情報を掴んでいるのだとしたら?


その相手がなんらかの方法で夫に接触を図ったのだとしたら?


私ではなく、夫に何かすることで恨みを晴らすつもりなのだとしたら?


今思い返せば「ドラマの見すぎ」で終わる心配ごとだが、そのときは本当に気が気ではなかった。めちゃくちゃ嫌な汗をかいた。
こうして、内心ざわざわしながら返答を待っていると、追加で夫からメッセージが届いた。


『40~50代くらいの大柄な男の人なんだけど』


具体的な情報がきた。
最悪だ。どうやら相手はもう夫に接触している。
もし前述の不安が的中しているのであれば、状況は悪いどころの騒ぎではない。
顔も知らない被害者は既にこちらを補足していることになる。こちらは相手の見当もつかないというのに、だ。


夫が関わっている以上、こちらも真剣に考えなければならない。必死で頭を働かせてみる。
プライベートで該当する人間は、残念ながら過去にも現在にも居ない。同年代の知り合いしかいないので、その親ということもないだろう。生憎そのきょうだいや親戚とまで交流はない。学生時代のバイト先や地元の関係者など、ありとあらゆる人間の顔を思い浮かべてみたが、今40~50代に該当する人はやはりいなかった。

プライベートの関係者ではないとなると、次は職場の人間。たしかに40~50代の人間はいるが、夫が「大柄」と称するほど体格の良い人だとすると、30代~40代の世代にしか居ない。ではその中にいるのかといえばそうでもない、なぜなら弊社従業員は軒並み若づくりで、夫が『40~50代』と表現できそうにないからだ。

思案の末、再度夫に「ありません」と答える。
そのまま会話が終了しそうになったので、慌てて理由を訊ねる。
理由を聞けば、相手の手がかりになるかもしれないと思った。

思ったのだが。



『一昨日、家に生霊みたいなのがいたんだよね』



別の問題が発生した。



生霊??????



しかも「みたいなの」って何??????

混乱する私を余所に、夫は淡々とその時の状況を説明してくれた。

曰く、深夜3時頃に夫が目を覚ますと、40~50代くらいの大柄な男性が、我が家の寝室の扉付近に立っていたという。
何かしていたかと訊くと、立ってこちらを眺めていただけらしい。それはそれで怖い。ていうか起こせよ。

「生霊ではなく人間ということはないか?」
と尋ねると、
『人間は白くボンヤリしないからね』
と返ってきた。典型的なオバケだったようだ。
「寝惚けて見た夢なのでは?」
とも尋ねたが、そういうわけでもないらしい。
そもそも生霊の存在を感知したのは夢の中で、本当にいるか確かめるために覚醒してみたら本当にいたのだという。何その能力?


とにかく、害意のある人間が夫に接触してきた訳ではないらしいので安心はしたが、なんだかよく分からないことになってしまった。


こんな荒唐無稽な話で私がここまで焦ったのは、夫が割と本気で「見える人」だからだ。
そして、私はMOD(マジでオバケがダメ)だからだ。
以前、夫が「見える」ことについて詳細を教えてくれようとしたが、普通に拒否した。怖すぎるからだ。創作物なら平気だけど、リアルに出てくるタイプのオバケは別。


夫によると、『家の雰囲気が元に戻ったからもういない』らしいが、なんかそういう道みたいなのができて、今後頻発するようでは困る。真面目に困る。
今回は見てるだけのタイプだったから良かったようなものの、これが何かこう具体的なアクションを起こしてくるようになると、「引越し」とか「お祓い」とかそういう対策を立てなくてはならない。
怖いので正直聞きたくなかったのだが、今後の為に、何が原因なのか――具体的に、夫と私のどちらに起因しているのか――くらいは特定しておいた方がいいだろう。

なぜなら、寝室の扉に立っていたのなら、原因は私ではなく夫である可能性もある。

というか、その方が納得できる。
前述のように夫は霊感を持っている上に、「YouTubeでオカルト関係の動画を流しながら寝る」という謎の習慣があるからだ。(本当にやめてほしい)
「怖い話をするとオバケが寄ってくる」というのは定説だが、それに則って言うなら、原因は私より夫であると考えるのが自然ではないだろうか?

それについて尋ねると、夫は容易く『それはない』と返してきた。


『だって』



『見られてたの、俺じゃなくてあなただもん』




なにそれ????????


その一言で限界がきてしまったので、それ以上突っ込むことをやめ、「今度同じことが起きたら丁重にお帰り頂いてほしい」と夫に伝え、会話を終えた。
ちなみに、生霊が私を見ていることに気付いた夫が何をしたかというと、『眠かったから普通に寝た』らしい。だから起こせよ。


以来、安心できる場所であるはずの家がなんだか恐ろしくなって、1人でいるのがなんとなく不安になってしまった。
勢い余って、「お伊勢さんお清めスプレー」(通称死ねどすスプレー)を買ってしまった。
あれから『出た』とは聞かないが、正直めちゃくちゃ不安。まず生霊ってなんなんだよ、もう。

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