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②エホバの証人を排斥になった母とその家族のおはなし その2

志田わらびです。
今回は、
熱心なエホバの証人だった母が、
「排斥」されたことについて。
の つづきです。

「排斥」というのは、その名の通り、
よくないものをはじき出すことです。
組織の中で、
教えに沿わない よくない行動をすると
審議にかけられて、最終的に
一切の交流を遮断されます。

これは、
母を取り囲む人間関係
仲良くしていた姉妹たち
そして、わたしたち家族
ずっと反対していた母の両親(私の祖父母)
それぞれに波紋を呼んだ出来事でした。

母が盆踊りを踊っているところを
長老兄弟に目撃されたところまで、
前回おはなししました。

後日、
何度か兄弟たちがうちに来て
母を説得していました。
でも、母は悔い改めませんでした。

姉妹たちは口々に言いました。
「悔い改めれば戻れるんやよ」
「はやく悔い改めちゃえばいいのに」
母が
「悔い改めるって何よ。どういうことなの、それって。」
と聞くと
「はやく兄弟にごめんなさいって言えばいいのよ。」と。
母はブチ切れました。
「はあ?!兄弟に許しを請うんかい!」

母と兄弟しかいない討議の場面で
どういうやりとりがあったのか
聞くこともできませんでしたが、
きっと、
母が全然 反省しなくて
兄弟がさじを投げたんだと思います。
だから、排斥になったのだと思います。

私が少し大人になっていたから
母は本音を話してくれたのかもしれませんが
二人だけのときに
「なあ、わらび、信仰って人を見たらあかんよな。
 人を見たら つまづくんや。
 信仰って神と自分の関係なんやろ?」
と言っていました。
ほんとそう。
兄弟が母を裁いているみたいでした。
母がいつもどんなに神に感謝し
祈りながら生活をしているかなんて
兄弟には通じません。
盆踊りを踊った動機は、
神を侮辱するためや、
神以外のものを崇拝するためではなかったけど
言い訳にもなりませんよね。
兄弟の立場からみたら、
集団の規律を乱した人は罰しなくてはならないのですよね。

いきって自分の気持ちを突き通した母でしたが、
やはり、
しばらくは落ち込んでいるようで
「ちぇっ」
が、口癖でした。
私も、母に対する
兄弟たちのレッテル貼りには
辟易としていました。
以前は経済的に手を差し伸べる対象といわれ、
集会を休みがちになれば「不活発」で励ましの必要な対象といわれ、
つくづく、上から目線やな、と感じていました。
母はもともと、元気いっぱいの人でした。
あんたたちに憐れんでもらうような
弱っちい人間じゃないよ!と思っていました。

ずっと反対していた母の両親(私の祖父母)は
やっとで戻ってきてくれたかと
安堵しました。
祖母は私に語りました。
「なあ、わらび、お前の母ちゃんエホバやめたろ?
そんときな、真っ先にお前の父ちゃんが
ばあちゃんのとこへきて
言ったんやぞ。
『ほらごらん、いわんこっちゃない。ってことだけは、
母ちゃんに言わんでやってくれ、たのむ。』
ってなあ。
ばあちゃん、この子達 いい夫婦やなーと思ったよ。
なんでかって言うとな、
父ちゃんが前にやってた自営業失敗して店たたんだときは
母ちゃんが
『商売 仕舞ったけど、ほれみたことか、って言わんようにしてくれ
あの人一生懸命やったよ、だから黙ってみててほしい』
って言いにきたんよ。
夫婦でおんなじこと言いよるやんな。」
高校生になった私が
初めて聞く話でした。
多分その時は、ふうん、くらいのリアクションしか
しなかったと思いますが、
両親の夫婦としての姿とか
照れくさいから勘弁ってかんじだったかな。
改めて思い出すと
ええはなしやんかーと思います。
愛、ふかー!イイフーフー!

そんな父の根回し?もあってか、
親戚中からも このことについて
言及されることもなく、
静かに、
日常が過ぎていきました。
今思えば生活のすべてが
リハビリみたいな日々でした。
集会に行かない日曜日!
祖父母も一緒に
家族でピクニックしたりもしました。
母の丸いおにぎりは
ふんわり柔らかくて
最高でした。

排斥が決定してから、
どれほど月日が経ったか、まだ1年もたたない頃だったと思います。
偶然に、町のスーパーの駐車場で
エホバの証人の家族を見かけました。
私たちは、家族全員でスーパーに来ていました。
少し離れていたので、
今までなら「おーい」と声をかけて
こんにちは、というような場面です。
あちらの家族も、私たちに気づいたようです。
パッと見た瞬間は、
顔が晴れやかに、知った人に会ったとき
誰もがそうするように にっこりしました。
その瞬間の、その姉妹の心の動きを
父が実況中継のように伝えはじめました。
当時、流行っていた 古舘伊知郎氏のアナウンス、
まさにそんな調子のアナウンスもどきです。
「おーっと、姉妹がこちらの存在に気づきました!
懐かしい!懐かしいです!
喋りたい!喋りたいです!
しかし、どうする、
志田とは口をきいてはいけない決まりだぁぁ!
しまったー笑いかけてしまったー!
ニッコリ笑顔を封印だー!
どうする起死回生!
ええーい!無視だー!
無視してしまえーーーー!
ぷいーーーっだぁああ!
ええい!行ってしまえー!
去っていく姉妹!!
サドンデスー!」

今まで熱く交流していた姉妹の
冷たい態度も
父の実況中継によって、
ネタになってしまいました。
母は
「ふざけんといてよ」と
憮然としながらも怒ってはいませんでした。

姉妹だって、本当は、
冷たい態度をとるのは
本意ではなかったと思います。
だって会った瞬間はにっこりしたもの。
口もきいちゃいけないという決まりを守っただけ。

母は、
たくさんのエホバの書籍を
どっちゃりゴミ捨て場に捨てました。
かつて、
私のひな人形を捨てたように。
弟のこいのぼりを捨てたように。
諸悪の根源のテレビを捨てたように。

もともと激しい性格の母なので、
目盛りが振り切ってしまうのかな。
中庸はないのかな。
そんなこんなな、
母の排斥に関するおはなしは
これにて
おわります。

あのときは、面白くない気持ちになったけど、
良かったね!おかあさん!

最後まで読んでくださり
ありがとうございました。
(❁´◡`❁)




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