静寂なる殺意の空転

カチ、カチ、カチ。
秒針の音が響き渡る。現在時刻は早朝の4時。まだ用意された客室から抜け出てくるものはいない。”私”以外は。

カチ、カチ、カチ。
”私”は食堂に備え付けられた柱時計の前に立つと、音を殺しながら時計の扉を開いていく。
揺れる振り子の奥に鈍く光るのは、ボウガンの矢。”私”が仕掛けた、絶対非情の殺意を込めた嚆矢。

”私”は息を整えると慎重にボウガンの根元に括りつけられた糸を切った。プツンと音を立て、時計の歯車と連動した仕掛けは意味を失った。
後はこの矢を回収すれば……

コツ、コツ、コツ。その時だった。廊下から足音が聞こえた来たのは。
”私”は素早く状況を判断する。矢の回収に時間を取られてはまずい。素早く時計の扉を閉め、窓際へと身を隠す。
息を殺し、入り口からの死角から様子を窺っていると、招かれた客の一人が食堂へと侵入してきた。

闖入者は、そのまま厨房へと向かう。どうやら水を飲みに来たようだった。
このまま立ち去るのを待つか?だが闖入者の帰り道に”私”が身を隠せるような物陰は無い。矢の回収は断念せざるを得ないだろう。

”私”は断腸の思いで食堂から抜け出す。幸い闖入者は”私”の存在に気が付かなかったようだ。物音を立てずに歩きながら、”私”は思案する。この館に仕掛けられた殺意の罠は残り7つ。たった一人の男を確実に殺すために、ただそれだけのために。二年かけた。復讐のためにすべてを捧げた。

それがたった一晩で、すべてが無駄になった。

”私”が復讐せんと計画していた男は、この館へたどり着く前に、ケチな交通事故を起こして到着しなかったのだ。

”私”は誰にも気づかれることなく、すべての罠を回収しなくてはならない。
もう一度あの男に復讐する機会を得るために、私はこの館に仕掛けられた殺意を誰にも悟らせてはならないのだ。
”私”は次の殺人マシーンの元へ向かう。玄関ロビーのシャンデリア落下まで、あと三時間……


【続く】

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