「本当にあったこと」

映画美学校ことばの学校コースの課題です。内容は、「『本当にあったこと』という題の本の冒頭部分を書くこと。2000〜4000字」というもの。大学のレジュメ作成に追われる中〆切20分前に提出しました。粗はあるかもしれないけれど、僕が言葉を使って表現したいものはこういう路線なのかなと思ってみたりもしていて、個人的には意味のある課題となりました。
以下本文。

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本当にあったこと

はじめに


 この本は、2018年8月8日から2021年4月29日までの僕の日記をまとめ、加筆修正を施したものです。とは言っても修正は書籍化にあたっての最低限のものしかしていません。また加筆部分もタイトルとこの「はじめに」の部分しかありません。出版に際して気を付けたのは、できるだけ本文に手を加えないようにすることでした。そしてその理由を書くためにこの「はじめに」を書きました。


 世間では「本当にあったこと」をめぐって様々な言説が飛び交っているようです。中でもまことしやかに言われているのは、僕が雪さん、つまり容疑者加藤雪に一種の洗脳を受けたのだということ。なるほどたしかにもっともらしい推量です。

ここではそれらの噂に私見を提示するのは控えます。なぜかを説明する前に、一度事件の事実経過を整理させていただこうと思います。

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 事実経過。2018年8月7日、埼玉県川越市で被害者と容疑者が接触。互いに初対面だったものの、被害者は容疑者の自動車に同乗。被害者が目覚めたときにはすでに容疑者の別荘地(秩父市)へと誘拐されていた。翌日から監禁生活が始まる。被害者はインターネットを含む外部との関わりを一切遮断されていた。被害者、同日から日記をつけ始める。その後2021年4月中旬まで監禁生活が進む。この間被害者が別荘地の敷地外に出ることは一度もなかった。同月29日、被害者と加害者は婚約。本書収録の日記はこの日をもって終了している。4月30日、監禁の事実が発覚。5月1日には容疑者逮捕へ。5月20日、起訴処分。2021年6月3日現在、まだ審理はなされていない。

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 周知のように僕は雪さんに3年弱のあいだ監禁されていました。本文をお読みいただければわかる通り、その間僕は何百冊もの本を読んできました。映画も100本超見ました。マンガもゲームもたくさんたしなみました。監禁生活は、底知れない物語の世界を垣間見た日々でもあったのでした。日に日に僕は、フィクションの魅力に強く惹かれていきました。

 同時に、物語の創り手になりたいという意欲が僕の中に芽生えてきました。監禁二年目の春のことです。何かをしたいと強く思うのは生まれて初めてのことでした。奇しくも僕は日記をつけていました。その日記は、おそらくは大半の小説よりも奇たる事実の寄せ集めでした。この日記はやがて作品になるのだろう。雪さんとの結婚を考え始めたころ、予感は確信に変わりました。


 つまりこの本は個人的な日記でもありながら、僕の処女作でもあるのです。


 これからかつての僕が語るのは、僕にとって本当にあったこと。それは「本当にあったこと」ではありません。2019年11月3日に記したように、真実など語り得ないからです。

 その意味で僕は物語り続けてきたのでした。

 語り得ぬものも物語ることは可能です。

 そしてその物語は、ときに面白い。とりわけ、語り手が真に迫っているものほど。


 だからこそ僕は原文にほとんど手を加えず、またこのテクストの外で意志を表明しないのです。


 僕はこの思い出を「本当にあったこと」だと思っています。これは本当です。と、今ここに書いています。皆さんには、こいつはこの内容を本当にあったことだと思っているんだなあと、抗議文として、日記として、あるいは私小説として、めいめい好きなように以下のテキストを読んでいただければと思います。


           2021年6月3日 自宅にて



編集方針

・誤字脱字はそのまま掲載。

・日記内での“修正部分”は修正後のみを掲載。

・人名など固有名詞は一部仮名に置き換え、初出の際“(仮名)”と明記した。

・ノートが1ページ空くにつれて3行の空白を持たせた。



本当にあったこと


2018.8.8.

ヤバい 監禁された 俺死ぬのかな? カギ閉められた おはよう、これからここで過ごしてもらうからよろしくって言われて閉じ込められた。俺ん家より広いけど。


とりあえずご飯とペンとノート渡されて食べな、今日から日記書きなって言われたからご飯食べながら日記書く。なんで言われた通りにしてるかはわかりません。たぶん混乱してるから? でも何かの役に立つかもしれないし書くのは書く あととにかくやることなくて何かしてないと頭おかしくなりそうだから

記録できるの全部書こう

今は2018年の8月8日、朝の9時24分。時計は普通にある。ここはどこかわからないけどたぶんかなり広めの家。この部屋だけでも10畳以上はある。布団と、勉強机と、時計と、あとかべにデカい本棚が4つ、本がぎゅうぎゅうに入ってる。読んでいいよって言われたけど今はいい。ドアは普通の丸いノブのやつで、外から鍵をかけてるみたい。内側に鍵穴がある。タックルしてもびくともしないからあきらめた、抵抗とか良くないフラグっぽいし。窓はない。密室。

ここで今ご飯食べながら日記書いてます。こんだては鮭と米とホウレンソウ?のおひたし?とみそ汁と水。パクチー以外全部いけるんだよね?って言われたけど、いやたしかに言ったけど、パクチーよりも監禁のほうが嫌なんですけど。でも普通にうまい 毒とかないよな?さすがに


俺を閉じ込めたのは雪さん。昨日会った。


昨日会った人にラチされたのか俺… 


雪さんは偽名じゃなければ加藤雪って名前らしい。年齢は知らないけどたぶん30代。独身。美人。めっちゃくっちゃエロい。話し方のテンポとか、目つきとか。まばたき全然しなくて黒目に吸い込まれそうになる。胸ないけど。かなり痩せてる。背は160くらい?


これ書いてたらなんかちょっと落ち着いてきた


雪さんと出会った経緯。川越の丸善で買い忘れてたヒロアカを買った帰り、ちょっと散歩がてら細かい路地のほうを適当に歩いてた。午後6時くらいだと思う。そこで車を前に困ってる美人を見つけた。あたふたしていて何かを探してるみたいだった。目が合ったので何かありました?と聞いたらコンタクト落としちゃって…と言うので、探すのを手伝うことにした。結局3分くらいで見つかった。そのとき俺はすでに車内に入っていた。コンタクトが落ちていたのはシートの上だった(らがんであれを見つけるのは難しいと思う)。コンタクトをなんかの液で洗いながら、雪さんは、何かお礼させてと言った。いやー悪いですよーみたいなことをつぶやきながら助手席に乗って、そのまま雪さんの運転に身を任せた。正直満更でもなかった。下心があったわけじゃなかったけど、本当に美人だったから意味もなくドキドキしてた。

30分くらいずっと車を走らせていたのでちょっと不安になってきて、どこに行くんですか?と聞いた。雪さんは私の家だけど、と返した。

「え、いきなり家行っていいんですか?」

「全然いいよ」

「一人暮らしですか?」

「何それ。そうだけど。」

紙に笑とか書きたくないから書かないけど「何それ笑」って感じだった。ここらへんでちょっとエロい期待もわいてきた。あと知らない美女と知らない車に乗って知らない道路を走っているのが何だか非日常的で、映画の世界みたいで、変にハイになっちゃって、不安は全部飲み込んでとことん雪さんについていくことにした。


そして俺は気づいたら寝ていた。


そして目が覚めたら誘拐されていた。


で、今に至ります。今、11時21分。


スマホとかは全部取り上げられてる。紙とペンと本しかない。ヒロアカもない。まだ読んでないのに。本読んでいいならヒロアカもいいだろ。


書くの疲れた。てか意外に文章って書けるもんだな。ちょっと楽しいし。思ってること全部外に出すの、新鮮。プールのおしっこみたい。もしかしたら死ぬかもだし告白します、高3のサマーランドでクロールしながらおしっこしました。ギャハハ。


ちょっと休けい。


21時19分、今部屋に戻ってきた。もうかなり疲れて眠いから簡単にだけど、日中あったことをまとめる。

昼ごはんのときに部屋から出してもらってたたみの大きい広間で雪さんと一緒に食べた。そこからさっきまでずっと二人でいた。この家、というかやしき、クソでかい。庭が庭園みたいになってる…。

ご飯食べながらいっぱい質問した。

なぜ監禁したのか聞いたら「面白そうだから」と言われた。

いつになったら帰してくれるのか聞いたら「帰さない」と言われた。

なぜ僕を監禁したのか聞いたら「勘」と言われた。

何をすればいいのか聞いたら「何もしなくてもいいけどできれば毎日日記をつけてほしい、あとヒマだろうからよければ本を読んでみてほしい、あの部屋の本ぜんぶ面白いから」と言われた。ちなみにネットは禁止だけど映画でもマンガでもゲームでもヒマつぶしのものはなんでも買ってくれるらしい。ヒロアカも返してもらった(まだ読んでない)

殺されたりしますか? と、恐る恐る聞いたら、雪さんは笑って、「ないよ」と言った。

畳の部屋はエアコンがついてなかった。暑くて、俺も雪さんも薄着だった。雪さんの脇が見えてエロっ!て思って見てたら、セックスする?と言われた。そこから何時間もずっとセックスしてた。最後に一緒に風呂に入って今。人生初監禁にして人生初セックス。童貞卒業。祝。


セックス最高


セックス最高!!!!!!!


監禁初日感想。雪さんのエロさと童貞卒業の感想で頭がいっぱいで怖さとかぜんぶ吹き飛んじゃった。というかたぶん大丈夫だ。雪さんと話しててここにいる限り害はないという直感がした。俺のこと探す人とか誰もいないしどうせヒマだし雪さんエロいし 冷静に帰るメリット0だな…

とりあえず監禁中は日記できるだけ続けます。このまま何か月も住みついちゃったりして。それはヤバい


おやすみ

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 後半詰め込みすぎたのでもっと簡素にして読者に委ねる形にすればよかったと後悔しています。あと雪さんは美人でエロいのではなくて美人ではないけどエロいにするべきだった。やはり推敲の時間は大切だ。
 それでも全体としては気に入っています。

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