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トナカイって冬に角が生えてるのはメスだけらしいぜ

「クリスマスと正月がいっぺんに来た気分だぜ……」
 メタルかなにかを熱唱する爺さんの傍らでおれは呟くが、鐘みたいな歌声にかき消されて自分の耳にも届かない。クソダサいセーターに赤白の帽子。薄暗いカラオケルーム、ディスプレイに照らされて濁る色。

 彼だけがマイクを握って、もう十曲ほど歌っただろうか。その歳で随分パワフルな声が出せるものだ、場違いな感心を抱きながらそのさまを眺めていると、爺さんは初めておれに向かい合う。

「ここに呼んだのは他でもない、わたしの橇について話すためだ」
「あー、ミスター、おれはいい子にしていたんだ。いきなり逃げたのはあのカモシカのほうで、」

 ああそう。ちょうど通り過ぎたトラックの運ちゃんと知り合いだったのはマグレだ。二回めまでは偶然って言うだろ?

「トナカイのことはいい。彼女が死んだのは残念だが。問題は積荷の輸送手段。そしてNORADの追跡を掻い潜ってアメリカ本土に届ける算段だ」
「クルーが要る……運び屋、それもタダ働きさせられるやつが。そういうことか、フン」

 鼻を鳴らすと、爺さんは満足げに笑みを浮かべる。目尻のしわからそう窺えただけだが。胃液がせり上がるのを感じる。ビズの臭いを嗅ぎつけたときはいつもこうだ。そのスリルは病的だぜと訴えかけてくる虫が、腹の中にいる。

「いいよ。ハッカーとパイロットはアテがある。無人機の陽動も出してやるよ。代わりと言っては何だが……おたくの"魔法"に相乗りさせてくれないか? シカゴの友達に届けたいものがあるんだ」

 "空中かっこ"付きで頼み込むと、爺さんは一つ頷いた。よし……トニーにボリビアとのわたりをつけてもらおう。

「しかし、おもちゃの密輸を邪魔してるのが税関局じゃなくて空軍ってのはどういうことだ? フィンランド人はその辺り疎いのか」
「おもちゃ? われわれが今回取り組むのは副業だよ。きみが盗んだ橇の積み荷はイラン製のダーティ・ボムだ」

【つづく】

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