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【小説】テクノロジーを語る勿れ【第45話】

 1時間の待ち時間と聞かされると多少構えはしたものの、そのようなユカとのこの後の関係性の発展に向けた思考が頭を巡り始めてからは、この場で考えられるあらゆることを想定しながらこの後の再会の場へと臨もうと、寧ろ非常に限られた貴重な時間のように感じられた。時折りマサの何気ない言葉を拾いながら会話に発展しはするものの、上の空で返しているのが自分でも露骨に感じられることが申し訳なくなる。それについてはマサにとっても、わざわざ流川まで足を伸ばして女性の体に触れられる楽しみを控えているということもあり、この場の会話など確かに二の次なのだと特に気にする様子はない。

 待合室のテレビでは、プロ野球の開幕に向けた各チームのキャンプの様子や、ドラフトで獲得した新人ルーキーの話題が取り上げられていた。それを食い入るようにして眺めるマサの横顔を眺めながら、高3の夏に甲子園の県予選会場へとマサの応援のために現地へ駆けつけた記憶が甦る。
 横幅のあるマサが背番号1のユニフォームを身に纏い、サイドスローでバッターを打ち取る姿にオーバースローじゃないんかいと、そのルックスに反して器用なマサに心の中で突っ込みながらもその姿を神々しく感じもした。打ってはその俊足を活かして必ず塁へ出る。マサと広木は中学時代、校内で短距離走のタイムを計る際には互いに競わされるように並んで走らされた。例えば100mのタイムを計る際などは、50m地点までは広木がリードしているのだが、その地点を越えると今度は同じ幅分ほどマサが前へ出るといった格好で、瞬発力は広木にやや部があったが、持久性を活かした勝負となるとマサがグイっとスピードを伸ばしてその僅かな差をひっくり返した。そういったエピソードも相まってかマサのそういった姿を誇らしくも感じたのだった。
 夜間に女性と遊ぶために出掛ける際には、こうしてジローを中心にメンバーが構成されたところにジローから連絡を受けた広木が加わって夜の街へと繰り出すのがいつものパターンであったが、そういえばマサとはしばしば昼間に2人で出掛けることもあった。つい先日も社会人野球で使う道具が必要なのだと、時間があるならガソリン代は持つので広木の車でドライブがてら一緒について来てくれないかと連絡を寄越し、定職に就かずにフラフラしているマサのその用事に付き合った。マサと少年団の野球チームから一緒だったジローが、テレビCMで新しいモデルのグローブやバッドが宣伝されると、次の練習にはいつもそれらをマサが身に付けて現れるので、アイツの家は金があるので何でも揃うのだと、聞かされていたのを思い出した。そうしたマサとの2人の時間は広木にとっても何処か心地良さにも似たものがあった。
 今年のプロ野球が開幕している頃には、広木は寮生活を開始していることになる。そう考えると、やはり何処か寂しくも思えてくる。ユカとの再会もプロ野球の開幕も、広木の上京のその時も、幾ら拒んだとしても無情に流れる時には逆らえずあっという間にやって来るのだ。

 マサや広木より先に待合室にいた他の客達も順次案内され、ほどなくして先ほどの男性スタッフがこちらへ歩み寄る。
「ミホちゃんご指名のお客様、大変お待たせしましたー」
 ミホという名に反応出来ず、一瞬自分が呼ばれていることを認識出来ずにいる広木の肩をマサが叩く。左手のオメガに目をやると1時間どころか40分そこらしか時間は経過していない。
「もう時間ですか?」
「はい、長くて1時間くらいという話で」
「彼も?」
「この後ご案内させて頂きます。お先にミホとちゃんの方へご案内します」
「そうですか、早い分には全然構わないんですけどね」

 再びエレベーターへ案内され、別のフロアへと通される。以前カラオケ店だったかのような造りの通路を進み、右手の部屋の扉をそのスタッフが開いた。
「ミホちゃん直ぐに参りますので、お靴をお脱ぎになられて中でお待ちください。それでは私はこちらで失礼します」
「どうも、ありがとうございます」
 扉が閉じたのを確認して靴を脱いで中へと足を踏み入れる。薄い褐色がかった照明が何処となく部屋を卑猥な雰囲気に演出するようだが、いくら金を払った客だからといって、この後本当にそういった雰囲気になるのだろうかとも思う。

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