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北陸新幹線敦賀延伸で、乗換案内担当者が悩んだこと

乗換案内お客さまサポート担当「部長」です。

2024年3月16日に北陸新幹線の金沢~敦賀間が延伸開業してから、はや8か月あまりが経過しました。

新しい路線が誕生するとき、乗換案内の対応は時刻表さえ用意すればホラ簡単、なんてことはもちろんありません。
駅のデータ、営業キロから、特急料金計算、乗換時間の設定、出口案内に至るまで、担当チームが多くの準備を重ねて、ようやく皆様にお届けできるようになるのです。

私はサポート業務だけでなく、こういった乗換案内の各種改正対応において、やるべきタスクを整理し進捗を管理するオペレーションにも携わっています。
その中でも今回は、数多ある鉄道路線の新規開業対応の中でも特に担当者を悩ませた「経路のチューニング」について、その舞台裏をほんのちょっとではありますがお見せしたいと思います。

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はじめに:
経路の真価は「最速経路以外」に出る

本題に入る前に、ぜひまずこれを知っていただきたいです。

実は、ただ経路検索で「一番早く着く」経路を検索するのを実現しようとするだけであれば、あまり多くの技術を必要としません
「必要な材料」すなわち時刻表があれば、ChatGPTといった生成AIも活用すればあっという間に最低限のコードは書けてしまうと思います。
よって、最速経路は、多くの経路検索事業者が同じように導出することができます。
(もっとも、日本においてはその「時刻表」にライセンスがかかるので、タダで実現できるというわけではありませんが。)

しかし、経路検索はその「最速経路」を出すだけでは便利なものにはなりません。それにはいくつかの理由がありますが、例を挙げると次のようなものがあります。

  • そこまで急がないので、リーズナブルな価格で行ける経路も欲しい。

  • 早く着くために、乗換が多くなる。もっと楽に行ける経路も欲しい。

  • 多少時間がかかっても、運転本数の多い便利な経路も欲しい。

こういった「最速経路以外」の経路に対するニーズに応える経路を導出することで、お客さまは自分の考えにあわせた経路を選択し、便利で快適な移動を実現することができるわけです。

私たちサポートチームでは、これらの経路をいかにして検索していくかという課題を「『も』問題」と呼んでいます。
確かに上記の箇条書きも、すべて「~な経路 "も" 欲しい」と書かれていますよね。
なぜ「も」かというと、最速経路自体は合理性のある経路ですし、最速経路以外を検索することによって最速経路を犠牲にしてはならないからです。

この「『も』問題」にどう対処するかによって、経路検索事業者間で結果が割れます。そこに経路検索結果の真価が問われるわけです。

「『も』問題」相関関係図。
乗換案内がまず基本とする「最速経路」を、「も」 のつく経路が補う


首都圏⇔北陸の新幹線ルートが2種類に

これまで、首都圏から日本各地に列車で向かうとき、各主要都市の行先に対して利用する新幹線ルートは、ほとんどの場合ひとつでした。
例えば、大阪に行くなら東海道新幹線に乗るでしょうし、仙台に行くなら東北新幹線一択です。

ところが、今回延伸開業となった金沢~敦賀間では、首都圏から北陸新幹線を使って行くことが必ずしも早くないというケースが出てきました。

その一例が、東京から福井に行くルートです。

東京から福井へのルート

北陸新幹線の長距離列車には、速達タイプの「かがやき」と、長野以西は多くの駅に停車するタイプの「はくたか」があります。
日中時間帯は「かがやき」の運転がなく、1時間に1本程度「はくたか」が運転されています。
この「はくたか」は長野~金沢・敦賀間の停車駅が多いため、距離の割に結構時間がかかってしまうのです(運転速度や車両性能にもよりますが、一般的に新幹線は停車駅をひとつ増やすと所要時間が約5分増加するといわれています)。

一方、北陸新幹線の敦賀延伸開業以前に福井に行くルートとしては、東海道新幹線を使って名古屋または米原まで行き、そこから特急「しらさぎ」に乗り換えるルートが一般的でした。

なんと、開業後も、福井へは米原を経由するルートが最速となるパターンがまだ残っているのです。

東京駅を11:30に出発する場合の、長野経由と米原経由の経路比較

上図の例では、1時間後の「はくたか」を待つよりも、「ひかり」に乗車して米原まで行き、「しらさぎ」から北陸新幹線「つるぎ」へ乗り継いだ方がかなり早く到着できることがわかります。
また所要時間の数字に着目しても、長野経由は3時間30分、米原経由は3時間29分と、わずかですが米原経由のほうが短くもあるのです。

このため、乗換案内チームは、北陸新幹線(長野経由)で行く経路と合わせて、米原経由の経路「も」、つまり2種類の新幹線ルートを導出しなければならないことになり、経路チューニングに追われることになります。


長野経由ばかり出て、米原経由がなかなか出ない!

北陸新幹線延伸開業対応を含む、JRグループの3月ダイヤ改正に向けた乗換案内の準備は、おおむね前年の12月ごろには本格化します。

北陸新幹線延伸区間の路線データを入力して、とりあえずその区間の経路が出せるようになるまではスムーズでした。
しかし、検証のフェーズに入っていくと、いろいろと問題がでてくるようになります。

東京から福井を検索すると、もちろん北陸新幹線一本(長野経由)で行く経路は検索できましたが、前述した米原回りのバリエーションはなかなか出ません

このままではまともなものが出荷できない…担当者は〆切が近づくにつれ頭を抱え始めます。


問題の全容を把握する「包括経路テスト」

いま、東京~福井の例を出しましたが、実際にはより多くの駅があり、その分、発着の組み合わせは無数に存在します。ひとつひとつ手作業で入力して検証していてはいつまで経っても終わりません。

そこで、自動テストの出番です。
新線開業時などに多数の組み合わせで行う経路テストを、社内では「包括経路テスト」と呼んでいます。
包括経路テストでは、新規開業する各駅と全国各地の主な目的地をそれぞれ発着地として定義し、テスト環境で実際に経路検索を行います。
その結果を解析し、必要なバリエーションを満たせているかをチェックします。

最初に実施した「包括経路テスト」結果(部分)。北陸新幹線経由はだいたいOKだったが、米原・敦賀経由がことごとく出なくなってしまった
最初に実施した「包括経路テスト」結果(部分)。
北陸新幹線経由はだいたいOKだったが、米原・敦賀経由がことごとく出なくなってしまった

この包括経路テストでも、北陸新幹線の敦賀延伸開業後は、首都圏⇔福井方面の経路で、米原経由が軒並み導出できなくなっていることがはっきりと結果に出ていました。


なぜ出ない、米原回り

米原回りがなかなか出ない理由を調べていったところ、そのひとつには乗換回数がありました。
東京から福井までは北陸新幹線で乗り換えなしで行くことができるのですが、バリエーションとして欲しい米原回りは、

東京〜福井、米原回りの経路。米原・敦賀で乗り換える

と、複数回の乗換を必要とします。

乗換案内の経路検索ロジックは、日本の複雑な鉄道ネットワークから高速に経路を導き出さねばなりません。
経路検索は、乗換回数(すなわちグラフ理論でいうところの経由するノードの数)が多くなるほど計算量が増え、時間がかかるようになります。
そのため、少ない乗換回数で早い経路が得られている場合には、一定の条件のもとで以降の検索を打ち切るといった手法をとり高速化を図っています。

今回の問題も、まさにその高速化施策が裏目に出たということになります。

少ない乗換回数で目的地に到達できた場合、乗換回数の多い経路は検索しないことがある
(説明図はあくまでイメージです)


手作業で、チューニング

包括経路テストを通じて、経路バリエーションが出しにくい区間の傾向がつかめてきました。この知見をもとに、ロジックを補完するいろいろなデータを使って、経路のチューニングをしていきます。
そのデータの仕組みのすべてをお伝えすることはできないのですが、一例としては、「北陸新幹線で北陸に行くときは、東海道新幹線で米原を経由するバリエーションも追加してね」といった具合のデータを用意して、希望の経路を出せるようにしていきます。

試行錯誤を繰り返し、ひとまずの調整が一段落したのは、乗換案内3月版リリース日(2月24日。北陸新幹線敦賀延伸開業ダイヤを収録した大判時刻表3月号の発売日でもあります)のわずか2日前でした。

そんなわけで、筆者もこのところは3月版リリースが終わってからダイヤ改正日までのわずかな期間で旅行をして、改正前の列車に乗り納めをするようなことが常態化しています…(笑)


《余談》 「しらさぎ」のラインカラーを変更

ところで、北陸新幹線の開業後に、現地案内を踏まえて乗換案内の結果を見直した事例があります。

それが、特急「しらさぎ」のラインカラーです。

実は筆者は北陸新幹線開業後、さっそく敦賀駅を現地調査しました。
すると、新幹線ホームから特急ホームへの動線が大きなフロアサインで案内されているではありませんか。しかも、大阪方面へ向かう「サンダーバード」と米原・名古屋方面へ向かう「しらさぎ」で案内が分かれており、「サンダーバード」は青、「しらさぎ」は橙で色分けがされているのです。

敦賀駅コンコース。
「サンダーバード」と「しらさぎ」各ホームへのフロアサインによる案内が
わかりやすく色分けされていた

乗換案内の検索結果では従来、「サンダーバード」「しらさぎ」とも青で案内していました。
しかし、「敦賀駅で乗り換えるとき、少しでも迷わないように移動してほしい」と思い、敦賀駅の表示に合わせて「しらさぎ」のラインカラーを橙に変更することにしたのです。
乗換案内で案内されている色と揃えたことで、自分の歩くべき方向がより直感的にわかりやすく理解できるようになりました。

敦賀駅での案内にあわせ、「しらさぎ」のラインカラーを変更
敦賀駅での案内にあわせ、「しらさぎ」のラインカラーを変更

乗換案内は、「現地で迷わない」ことを最優先に、こうした地味な「こだわり」がたくさん詰まっているツールなのです。


おわりに:
最適な経路は、地道な調整から

最後までお読みいただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか。

鉄道路線の開業ひとつとっても、ニーズを満たす実用的な経路を簡単に検索できるようにするために、ジョルダンの乗換案内チームは早い段階から様々な準備をし、経路や表示の調整を行っています。
その作業は思った以上に手作業も多く地道なもので、みなさんに最適な移動を実現してもらうために日々研究開発を重ねています。

もちろん、乗換案内の品質向上のためには、実際に現地で使ってみたお客さまのご意見が欠かせません。新線開業後も、頂戴したご意見や現地の取材を通じて、検索内容の見直しを随時実施しているんです。
これからも、お客さまのお声に真摯に耳を傾け、さらに使いやすく便利な乗換案内をお届けできるように努めてまいりますので、ご意見ご要望をぜひお待ちしております!


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