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へんな人によるへんな旅

おひさしぶりです。なかなか書く手が進まないぼくです。
今日は去年の11月にした、へんな旅の話を書きます。
どうしてこうなってしまうのか分かりませんが、ぼくが旅をするとたいていはこんな具合におかしなことになります。
とある事情により、滋賀県に行くことになりました。
歴史が好きなので、グーグルで検索して、ある民泊に泊まることに決めました。
その民泊は、江戸時代から伝わる商家を改築した建物で、昔ながらの造りになっているそうです。
玄関先の土間には、甲冑とか和服とか、その土地の歴史にまつわる展示品が並べてある。
一軒まるごと貸し出していて、なんと一泊の料金が一万円だったかな?
おもしろそうだな、と思って泊まることにしました。
じつはぼくは、旅があまり得意ではありません。
新幹線のチケットを取ったり、宿を決めたりするのが苦手だし好きではないからです。
自宅でネットと本に囲まれて、ときどき昼寝をするのが一番好きです。
なにしろこのときが、自分で計画して、自分で宿を決めて、電車の予約もした初めての経験でした。
新幹線に乗って、京都へ行き、そこから滋賀県に向かいます。
関西方面の駅の防護柵が、関東とはちがっておもしろかった。
思わず写真を撮ります。
乗り換えの駅で駅弁でも買おうとしたら、なぜかどこにも売っていなかった。
しかたなく、セブンイレブンでからあげ弁当を買った。
全国共通の安定の味。うむ。美味い。
なんだかんだで目的地の宿に着いたのは、午後六時頃でした。
11月ですから、もう日が暮れています。田舎なので、電灯もほとんどなくて、一寸先は闇の状態。
途中、ここで夕飯食べたいな、と思う居酒屋があったので、場所を覚えつつ、いざ目的の宿へ辿り着きました。
なにしろ一軒まるごと貸し出しなので、従業員はだれもいません。
入口を開けると、その先に電子ロックの南京錠が掛けてあって、あらかじめメールで教えられた番号を入力します。
なんなく開けて中へ入ると、そこは江戸・・・っていうか、昔昔、茨城のお爺さんの家を思い出しました。
ああ、あのお爺さんの家って、今は文化財として保存対象になっちゃったから、その子(ぼくのおじさん)は出て行かなくてはならなかった・・・って聞いてたから、昔の商家だったんだな。
5メートル×5メートルくらいの中庭に井戸があります。
右手に入口があって、土間を上がると廊下が続いています。
廊下を上がってすぐ右が台所。その先が正面の入口で、さっき入ってきた入口は勝手口ですね。
一通り見てまわろうと、ありったけの電灯を点けましたが、ふと我に返りました。
この広い空間にぼく一人。こわい。
台所の中にもう一つの井戸があって、金網が張ってあります。
おそるおそる開けてみる。
はるか下のほうに波うって光っている。
現役の井戸なんだな。
それにしても、どうして金網を被せてあるんだろうか。
ふつうに考えれば、人が落ちないためだろうな。
かつて落ちた人がいるんだろうか。
その人は助かったんだろうか。
まさか死んだりしていないだろうか。
死んだ人って、この家に来た前妻だったりしないだろうか。
髪の長い優しい女の人で、じつは後妻といっしょになりたくて前妻が邪魔になった旦那が、突き落したりしていないだろうか。
その後、前妻は幽霊となって夜な夜な現れ、この世に残した幼子を、あの世に連れ去ったりしていないだろうか。
だから幽霊を封じるために金網が張ってあるんじゃないだろうか。
ぼくの妄想は留まるところを知りません。
正面玄関には、甲冑があります。紫の着物を着させられたトルソーが立っています。
ぼくは尿意を催して、正面玄関の隅にあるトイレに入りました。
幸いにもトイレは改装済で、きれいな水洗でした。
しかし、立った状態でおしっこをすると、正面玄関の土間に対して背を向けることになる!
ふりむいたら、さっきは遠くにあったトルソーさんが、いつの間にか真後ろに来ている、なんてことはないでしょうか。
座ってするか。
しかしこの場でパンツを下ろして大丈夫か?
甲冑が襲ってきたときに、逃げられないんじゃないか。
逃げようとしたら、トイレの蓋に抱き竦められて、身動きがとれなくなるかもしれない。
しょうがないから、斜めに立って、土間を見張りながら用をたしました。
奥の部屋に行くと、畳の部屋に骨董品のような西洋テーブルと椅子が三脚並んでいます。
本来は四脚並ぶべきところに、なぜか椅子は三つしかありません。
なぜでしょう。
答えはこうです。
前妻が亡くなって、後妻が来ると、前妻の下の男の子は疎まれるようになりました。
上の女の子が前妻によって冥界に連れ去られて、偉い坊さんに頼んで守ってもらったので、下の男の子は無事だったのです。
しかし後妻が入って妊娠しました。
当時の(一体いつだ?)医療技術では性別判定はできません。
生まれてから、その子が男の子だったりすると、後妻にとって、前妻の子は邪魔です。
しかし長男は長男です。相続の権利はあります。
そこでこの西洋テーブルを囲んで、夜な夜な相続会議が開かれたのです。
会議のメンバーは三人。
死んだ前妻と前妻の子(上の女の子)、それに後妻です。
後妻は、毎晩、この情景を夢で見ているのですが、ある日、旦那がこの部屋を覗き見ると、夢ではなくて実際にこのメンバーで会議しているのでした。
ぼくは、今にも幽霊相続会議が行われるのではないかと思って、びくびくしていました。
もう一刻の猶予もありません。
こんな場所にはいられないと思いました。
もともと幽霊を信じているわけではありません。
しかしこの家に一歩足を踏み入れた途端に、妄想が止まらないのです。
思うに、物理的に幽霊はいないけど、人の想像力のスイッチを押す、なにかは存在するんじゃないか。
この家はそういう場所になっているのではないか。
ぼくはすぐに家を出ました。
そこからぼくの徘徊が始まります。
さっき覚えておいた居酒屋は、入ろうとしたら店のおばさんに止められ、「今日は貸し切りですから」と入店を断られました。
グーグルで他の店を探すと、一軒、見つかりました。
女性二人がやっている小料理屋でした。
今、思えば、女性二人でやっている小料理屋なんて、昔話で狸に騙されるシチュエーションですよね。
でも、今の今までそんなことは考えなかった。
やっぱりあの家にはなにかあるにちがいありません。
ともあれ、その店で日本酒を飲んで落ち着きました。
地元の酒はおいしくて、三杯くらい飲みましたが、ぜんぜん酔いません。
お腹も満たされたので、そろそろ対策を講じようと思い立ちました。
あの家に泊まることはできません。
近所で、ちゃんとしたホテルはないものか。
グーグルで検索すると、歩いて15分くらいのところにありましたが、満室でした。
ついでにブックオフがあったので、気を鎮めるために寄りました。
驚いたことに、津原泰水さんの『少年トレチア』の文庫本がありました。
他で見たことのない一品です。しかも100円。買いました。
それはともかくとして、もう一軒の歩いて30分くらいのホテルに向かって歩きだします。
向かう途中で電話が入りました。
「もしもし、お客様、ぶじに宿に入れましたか」
民泊の担当者の女性でした。
もうあの宿に泊まることはできません。
ああ、なんて答えたらいいだろう。
ぼくは迷いました。
答える言葉が見つからないまま、永遠とも思える時が過ぎました。

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