見出し画像

映画「 酔うと化け物になる父がつらい 」と断酒の誓い【 映画レビュー 】


アルコール依存症(以下アル中)の父を持つ娘の葛藤を描いたコミックエッセイの実写化。

内容は、タイトルそのままです。

自分自身、アル中の診断を受け禁酒外来に通った経験があるので、他人事ではなく自分ごととして、興味深く見ることができました。

他の映画も比較として、幾つか挙げながら、感想をまとめてみますね。

エイプリルフールの4月1日。劇場に入ると観客が1人もいませんでした。もちろん嘘ではありませんよ。

コロナの影響だとは察するのですが、空調の効いた広い場内は、例えば、車窓を閉ざした電車よりもよっぽど安全だと思えます。

シートに腰かけて、しばらくすると、1人だけビールを手にした初老の男性客が昼間から酔っているのか「 おお、貸切やなー 」と声をかけてきました。

そうですね、と顔を合わせずに答えながら、頼むから上映中は話しかけて来ないでくれ、と祈りました。

見る前にタイトルだけを見て、『 血と骨(崔洋一 2004)』の金俊平(ビートたけし)のような「 怪物 」親父を覚悟していたけど、暴力シーンはほぼ皆無で安心しました。

その代わり、長女・田所サキ(松本穂香)の出会った東大生の彼氏である中村聡(濱正悟)が、チョー自己中のDV男だったのには、引いてしまいましたが。

好きだったのは、長女の田所サキが4歳ぐらいの頃、草野球をしている父の元へ「 おとーさーん 」とジャンプして飛び込んでいくシーン。

飲み仲間たちと野球を終えて酔っ払っている父は、娘をキャッチできるのかどうか、画面には映されずに現在へと時間が飛びます。

答えが分かるのは、ラストシーンでのお楽しみ。

見所は、父・田所トシフミ(渋川清彦)の少ない語りと過剰な酔っ払いの演技。

もう本当に飲んでいるとしか思えなかったです。(実際に酔っ払いながら演技していたのかどうか、知りたいところ)。

正直に告白すると、アル中時代の自分にも当てはまることが多く、笑っていいのか恥じればいいのか困ってしまいましたね。

あと、コミカルで笑いの多い演出が、母親の自殺、家族とのディスコミュニケーション、末期ガンと多額の借金という、暗くなりがちな場面も重苦しくしていないのも良かったですね。

『 重力ピエロ(森淳一 2009)』の「 本当に深刻なことは、陽気に伝えるべきなんだよ 」というセリフを思い出しました。

嫌いだった点は、マンガ風の吹き出しが唐突に登場して、サキの心の中が書き出されるところ。

(神様)と、心の中の声を画面に出したり。

え!書いちゃうの?と一気に現実に戻されてしまったので。

マンガのための漫画『 バクマン(大根仁 2015)』の映画化ならまだしも、それ以外の漫画原作の映画は、安易に映画内での漫画表現は避けるべきだと思います。

せっかくもう1人の主役である、渋川清彦が表情で内面を演じているのに、若手である松本穂香の体当たりの演技を、吹き出しで補完するような演出は、正直、好きではありませんでした。

映画監督は、映画表現の正攻法で勝負すべきだと思います。

フォローするならば、前述しましたが、コミカルな演出の1つとして採用したのかも知れません。

大事なのはシリアスとコミカルのさじ加減で、そのあたりの調整が大事だなと感じました。

とことんブッ飛ばすならば、アルコールの傑作映画『 ハングオーバー!(トッド・フィリップス 2009年)』ぐらい壮大にやって欲しいですね。

ラストシーン。4歳のサキは、笑顔の父親にしっかりとキャッチされ、ぎゅっと抱きしめられます。その横には捨てられて宙を飛ぶ酒瓶。

自分も、かつての自分がそうだったように、これからは酒瓶を抱きしめることなく、その分、4歳の小さな娘を抱きしめていようと誓ったのでした。

「 化け物は私だったのかも知れない 」

そして、「 誰もが化け物になる 」かも知れない。

GOOD ON THE REELの歌「 背中合わせ 」とエンドロールが流れる中、上映前に話しかけてきた酔っ払いのおじさんが、飲み終えたビールのコップを片手に階段を降りていくのが見えました。

始まる前の威勢の良さがなく、肩を落としているように感じたのは気のせいでしょうか。

大人はみんな酒を飲んで当然とか、飲まないと仕事も人間関係も悪くなるという、お酒の同調圧力が強い社会だけど、お酒を飲む人も飲まない人も見て欲しい映画です。

原作の菊池真理子のコミックエッセイも、断酒のための必読リストに加えます。(完)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?