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【掌編小説】橋の下のディッキー

 あるはじめての愛の告白の場面がある。
 ロバートとキャサリン。ふたりの若い男女が橋の上にいた。
「付き合ってくれ!」とロバート。
「私こそ!」とキャサリン。
 橋の上で抱き合い、激しくキスをするふたり。その情熱からミシミシと橋が軋んでいる。
 一方、橋の下では悪ふざけ少年少女5人組。悪い奴から順番にジョニー、ニッキー、パトリシア、キャサリン、ディッキーが隊長のジョニー以下潜んで、ふたりの同級生の恋の行方をくすくすと窺っていたが、このふたりが結ばれたと知るやいなや。

「面白くない。解散!」

 ジョニーがきっぱりと号令を出した。
 この声をきっかけに、ジョニー、パトリシアは橋の北方向へ。ミッキー、ジュリアは、橋の南方向へパイプラインの上を匍匐前進し。真ん中にいたディッキーだけが逃げ遅れて、ふたりの恋の顛末をゆっくり聴かされることになった。
 このディッキー。実は彼こそが子供心にキャサリンを一番深く愛していたのであるが、
なんというめぐりあわせか。橋の下で人生初の失恋をする。頬は煤にまみれ、鼻からは涙が鼻水とともにあふれ、いまさらその態で「僕も好きなんだ」と出ていくわけにもいくまい。
 まごまごしているうちに、橋の上では何やら怪しげな擬音語。たちまちキャサリンの嬌声が聞こえるようになり。まだ幼いディッキーは、動揺のあまり、力なく「ドボン」と川に落ちた。
「何かしら?」
 はっとするキャサリン。
 ロバートとキャサリンはディッキーの川面に着水する音を同時に耳にする。
「鮭かなんかだろう」とロバート。
「あるいは虹鱒かもしれない。産卵の季節だからね」こうも続ける。
 ディッキーが川の下ゆっくりと流されていくのを眼で確認しながら、彼はキャサリンの目を塞いで再度口づける。彼女は再びうっとりとする。ロバートも、また初めての恋に必死なのである。

 哀れディッキーはただ静かに川に流されてゆく。彼の悲鳴は決してキャサリンに届くことはない。ただ、水の流れに抵抗もせずに押し流されてゆく。いつしか、ディッキーは愛に貪欲なふたりの視界から消え去り、天上にはロマンチックな星が瞬き、世界は完全に愛し合うこのふたりだけのものとなった。          
  
                       (了)(原稿用紙4枚)
                            2014年  

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