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アキバ探偵シリーズ 秋葉原八十八ヶ所お遍路事件 #4

「...あの人タイムズタワーの前でなんかお祈りみたいなことしていますよ...」

2004年竣工の高層マンション、タイムズタワー。駅前一等地のマンションであること以外には、何ら特別な云われも無いはずの建物の前で先程のオタクが、往来の通行人の眼も気にせずに、一心不乱に何事かを祈っていた。

目深に被ったニューヨークヤンキースのキャップは虚無僧の被り物のようにその表情を隠し、すりきれた白のスニーカーはこの秋葉原での巡回の厳しさを物語っている。

春とはいえ、まだ肌寒い風を防ぐかのように羽織っているマントには何らかのキャラクターの缶バッジが鎖帷子のように縫い付けられていて
その奥にちらりと見えるよれよれのTシャツには和装の女の子のイラストが描かれていた。

「あ、あの膨大な数の缶バッジは"夜廻魔女~娘々☆うぃっちーず~"のキャラですね!それに手に持っているのは予約限定のキャラクターイメージロザリオ!数珠みたいに祈った数を数えるために使ってるみたいですよ!うわー!マニアだなぁ」

パシャパシャと望遠レンズを付けた白い一眼レフで対象を観察しながらシャッターを切る小林少年。愛らしい小林きゅんには可愛らしい白いボディのカメラがよく似合う。

ちなみに今持っているカメラは、秋葉探偵がオタクを監視している間に小林少年が近所の怪しいカメラ屋から借りてきたたものである。
対価として小林少年の可憐なスナップ写真を渡すと言う取引が秋葉探偵と店主の間で締結されていることを小林少年は知らない。

「びしびし撮りたまえ、小林助手よ...もぐもぐ..地道なストーキングと....むしゃむしゃ.....遠距離からの望遠カメラによる盗撮こそ、現代の探偵の王道だよ」

といつの間にか買ってきたケバブを口いっぱいにほおばりながら語る秋葉探偵。

「お腹が減るからそういう、スパイシーなものを近くで食べるのは止めてほしいんですがね...後、未成年の僕にこんなことやらせていいんですか?探偵の資格ももってないんですよ?」

「ケバブ食べるのはやめてあげなぁぁーい!そしてこの小説の舞台は架空の日本だからいいのだ。保護者下だから問題ないのだ。それに私だとすぐに周囲の人に声を掛けられて警察行きだが、君ならばそういうことはないからね、全く理不尽な世の中だよ」

ぶつぶつ文句を言いながら、ごくんと、最後の一口を飲み込んだ後に口の周りの汚れをケバブを包んでいた紙でふき取る秋葉探偵。
さらにその紙をそのままくしゃくしゃに丸めてズボンのポケットに入れ込む。

「もう、きったないですねぇ!ウェットティッシュあるんだから言ってくださいよ!」

いそいそと甲斐甲斐しく小ぶりのリュックからウェットティッシュを取り出す小林少年。
文句を言いながらも、秋葉探偵の世話を焼けるのが嬉しいのか、によによと笑っている。

「ウェットティッシュだなんて、洒落くさいものを僕の前にだすんじゃない!身の程を知れ!」

差し出されたウェットティッシュを突き返す秋葉探偵、身の程を知るのはお前だよ。

「いけずです...しっかし、あの人なにやってるんでしょうね?」

相も変わらず、キャラ物のキッチェなロザリオを手に祈りのようなものをささげているオタク。
時折、タイムズタワーの住人や通行人から奇異な視線を向けられても、全く気にせずに同じ姿勢を保っている。

「何って....君も先程言ったとおり、祈りを捧げているんだろうよ」

「いや、そういうこうとじゃなくて....私が聞きたいのはWhat(なにを)じゃなくてWhy(なぜ)の方なんです」

こんな、往来の真ん中であんなことしているのは尋常じゃないです!っと指差して訴える小林少年。

「尋常か尋常でないかは本人が一番分かってるだろうさ、この怪しいことをすればすぐさま世間様に通報されるご時世」

「そのリスクにかかわらず、他人の眼を気にせずにあんなことをしてるってのは、それなりに本人にとってのリターンがあるってことかもね」

「信仰目的だったら、必ずしもリターンがあるとは限らないのでは?ああやって祈ることそれ自体が目的なのかも...」

「鋭い意見だ、小林君!だが...」

「結論を出すにはまだまだ観察が必要だ....そら次の場所へ移動するようだ」

祈りが終わったのか。タイムズタワーを後にして、またどこぞへと向かおうとするオタク。
その足取りは密教めいて重々しく、ある種の使命感のようなものさえ感じられるほどに迷いが無い。

「しかしだね、小林君」

「ああいう変なやつがいるっていうのは、なんかいいね。アキバの住人としてはあれくらいのがいっぱいいる方が断然いいよ」


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