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我が家のお雛祭り
「さげもん」を作るきっかけをもらった大叔母は、子供も孫も男の子だらけで、誰かに「さげもん」を作ってあげるという事ができませんでした。
それで、大叔母は、自分に「さげもん」を作ろうと暇をみては作り続け、お雛様シーズンには、自宅のお座敷と隣の和室まで、沢山の自作の「さげもん」を飾っていました。
お客の絶えない家で、大叔母も接待が上手で話も楽しく、近所の人の集会所になっていました。
切り込み人形も教室に通い作れる様になったとかで、大叔母は、持っていなかったお雛様も自分で作っていました。
嫁先ですが、この大叔母が大好きで、一人暮らしをしていた事もあり、度々近所だったので訪ねては話しを色々していました。
私が、おばあちゃん子だったのもあるのかもしれません。とても楽しい時間を過ごす事ができました。
大叔母は軍手を使って人形を作って下げたり、
生活の廃材からも下げるものを作っていて私も参考にして作っていました。
ただ、大叔母は「糸まり」は苦手と言って、切り込みのまりしか作っていませんでした。
そこで、私が「糸まり」を覚えて作り始めたのです。
本を見て作っていましたが、“柳川まり”が、作りたくて教室に通い出したのが始まりです。
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私のお雛様といえば、小さい頃はちゃんと「雛人形」持っていました。
私のは、50×50×50cmくらいのガラスケースに入った五段飾りの小さな雛人形でした。
小さい頃は、ちゃんと節句時期に飾っていましたが、いつの頃か、母が処分してしまっていて
無くなっていました。(母は、すぐ何でも勝手に処分する人でしたから)
20代の頃仕事で、湯布院に行きました。
「玉の湯」です。
そこで可愛い土雛を見つけました。「みかわ工房」という工房が作ったお人形です。
小さく一体が10cm程のお雛様です。
なんと、お殿様が笛を吹き、お姫様が扇子を持ってくつろいでいるセットです。
赤い毛氈に、金屏風も付いていました。
『これだ!』と、
私も、自分に買ってあげました。
いまでは私のお雛様といえばこれです。
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今年も、これに「ちらし寿司」でお雛祭りです💕
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