進化するモビリティと地域開発

人口減少や高齢化の波が地方と都会の地域社会に深刻な影響を及ぼしているのと同時期に、環境問題に端を発した技術革新への要求が産業界を直撃しています。

「100年に一度の大変革」

日本の自動車メーカーは、そう銘打ち時代からの要請への対応を急いでいます。
現在、世界的な目標とされているのが脱炭素社会の実現です。石油由来の燃料を燃やすエンジンを搭載した自動車は2030年代に全廃する、と多くの国が表明しています。自動車メーカーにとって従来の延長線上にはない、経験した事のない局面を迎えていると思われます。
今後キーと言われる技術要素は、電動化・自動化・情報化です。これらは、新たな手強いプレーヤーを自動車市場へ招き入れる可能性を秘めています。
電気自動車(EV)は部品点数が少なく構造がシンプルなので、自動車市場において実績の無い新興メーカーでも製造する事ができます。
ヒトに代わりソフトウェアがハンドルを握る自動運転では、自慢の人工知能を武器にしたIT業界の巨人たちが、豊富な資金力で開発競争に参入しています。
情報化社会は、自動車を数あるモビリティ(移動手段)の一要素として統合システム(MaaS)へ組み込み、インターネット端末として位置付けています。
このような事業環境の中で、自動車メーカーはモビリティサービス企業へ転身する動きも見せています。

MaaS(Mobility as a Service)の意義

MaaSは、鉄道・バス・飛行機・フェリーなど公共交通、タクシー、レンタカー、カーシェアリングなどのモビリティサービスをITで統合して、地域住民や旅行者へシームレスな移動を提供するシステムです。スウェーデンのチャルマース工科大学が、統合のレベルを5段階に分けて定義しています。
・レベル0〔統合無し〕
 各モビリティが単体で独自のサービスを提供する従来の状態
・レベル1〔情報の統合〕
 複数モビリティの移動に関する情報(経路/運賃/時間等)を統合し利用者へ提供
・レベル2〔予約と決済の統合〕
 複数モビリティを経由する移動の比較/予約/発券/決済をワンストップで処理
・レベル3〔サービスの統合〕
 複数モビリティのサービスを連動させて料金を統一(どの移動経路でも同じ料金)
・レベル4〔社会的目的の統合〕
 国や自治体が政策や地域開発計画にMaaSを取り込み、民間と協調する最終段階

レベル4が示す通り、MaaSは単なるビジネスチャンスでは無く、社会的な課題の解決を目指す取り組みです。「100年に一度の大変革」の意味するところは、自動車業界を中心とした産業界の出来事に留まらず、地域住民や行政機関をも含めた社会全体で取り組むべき事態であるとなりそうです。

情報化とフィジカルな実社会

MaaSはフィンランドの首都ヘルシンキが発祥の地です。公共交通の発達した都市なのですが、乗り継ぎやアクセスの悪さから自家用車の利用も増えて、交通渋滞やCO 2排出が大きな問題になっていたそうです。その解決に官民でコンソーシアムを組み、民間がアプリを開発し国が法改正を行い、MaaSを導入しました。
そしてMaaSレベル3の情報化社会を実現した現在、公共交通の利用が50%増加し自家用車が半減したとの成果を出しています。ヘルシンキの活動を手本として、日本や世界各国でMaaSの導入が検討されています。但し、レベル4「地域開発」の段階まで進んだ事例は未だ無いと言われています。
IT系の技術進化は、もっぱらサイバー空間で威力を発揮します。そのサイバー空間の進化とフィジカルな実社会を連動させる技術の一つがデジタルツインです。これは、私たちの日常世界をデジタルデータへ変換してサイバー空間へ相転移させる事で、映画マトリックスのようなバーチャル世界を創り出します。
これとは逆に、サイバー空間の進化をフィジカルな世界へ取り出す技術の一つが人工知能と考えます。社会実装が進みつつある自動運転自動車や協調型ロボット(自律的に人との接触を回避して共に働く安全なロボット)が、具体的な事例です。MaaSも同じアプローチで、モビリティ関連のデジタルデータを実社会のフィジカルな活動と連動させて社会的課題を解決する、これが最終段階のレベル4です。

MaaS「レベル4」のイメージ

大都市のターミナル駅を例に考えてみます。
鉄道・地下鉄・バス・タクシー・自家用車・配送トラックなどが、それぞれのスケジュールに従い駅へアクセスするレベル0の段階では、限られたスペースの駅前は人と自動車で溢れます。モビリティ別に駐車スペースが固定され、タクシーやバスを待つ人の列や荷物の上げ下ろし作業などにスペースが割かれるので、大勢の利用者が狭い通路を足速に通り抜けて行く状態となります。
MaaSを導入すれば、駅にアクセスする全ての利用者とモビリティの情報(経路や時刻など)を統合して連動させることが可能なので、効率的でストレスの無い移動が実現できそうです。
電車やバスの時刻に合わせて、タクシーやシェアリングカーがジャストインタイムで到着し出発するので、利用者が最短時間で駅を通過して行きます。駅や周辺の商業施設への荷物は、人の流れに支障がないよう時間帯を選んで配送します。
これはレベル3の段階ですが、結果として滞留する人と自動車を劇的に減少させる可能性が有ります。そうなれば、駅前に広いスペースが出現しますので、地域住民や旅行者の憩いの場、フリーマーケット他のイベント開催、キッチンカー出店などに活用できそうです。これらを想定した上で駅前をシェアスペースとして再開発するならば、レベル4へ一歩前進したと言えるでしょう。

近い将来、空飛ぶクルマや物流ドローンがターミナル駅にアクセスするかもしれません。そうなれば、駅には離発着のスペースと設備が必要になります。つまり
駅前開発などの構想では、技術進歩のスピードを考慮した柔軟性と拡張性も問われそうです。
今後の地域開発においては、社会的課題解決とビジネスをバランスさせる民間の知恵が重要と思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?