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今をいきる、過去も自分

今日もうつうつとしていた、けどかろうじて仕事はした。
1日外で仕事していただけでも、本当に偉い。
辛い時に、自分を責めるけど誰かに聞くと、去年のきのこと比べたら
そんだけ働いて半年過ぎたなんてえらすぎるよ、
もう充分。そんな声をもらった、ほっとした。
ゴールもわからない、どこへ向かっているかわからなくて、それを
人に説明できない自信のなさがあった。不安だ。

でも、充分だよ って言われるのが本当にうれしい。
あ、生きててよかったと思う瞬間のひとつ。
もうがんばれない、ってとき、かけてほしい言葉はこれ。
まだやれるんじゃないの?とか、頑張り方を変えたら?とか仕事を変えたら?とか、まだ足りていない、がんばれる余白があるのにあんたは・・・
というニュアンスの言葉は、がんばりたいときにはうれしいけれど
鬱のときには本当につらくてつらくて仕方なくて、心を閉ざしてしまう。
この人にいっても無駄だ、自分が傷つくだけだ、と。

いつも甘やかされたいわけじゃない、鬱のときは生きるということで
本当に精一杯だから、だから「じゅうぶんだよ」と言ってくれる人が必要なんだ。
noteではうつの経験者がいて、たくさんたくさん共感できるししてくれる。
それが本当にありがたくて、支えになっている。
うつのつらさは人それぞれだけど、どこかわかりあえる人もいる。

本当につらかった、つらいと言えないのがつらかった。
涙が止まらなくて、体が動かなくて、食べ物を食べることに罪悪感を抱いて、朝ごはんを食べる手が止まったりした。
食べていいの、こんな人間が食べていいの?と母にきいたこともあった。
いいに決まってるのに。

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