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 嫁に行った娘が孫を連れてきた。最初の二晩は娘の旦那もいたけれど、その後は旦那は先に帰っていった。仕事があるからだ。

 田舎に引っ込んだ娘には、きっと大変だろう、もの凄いことになっているだろう、その大変さを思うと切なくなる。

 後悔してもはじまらない、今できることをするしかない、そう考えながら、自分が無力だったことを思い知らされる。

 娘は車の免許を持ってない。中学までしか学校に通っておらず、高校卒業資格認定をとっただけだ。学校生活というものを、もっと味わいたかったろう、若くして働くのは辛かったことだろう、何にもしてあげられなかった、ただ、やさしい人間になってくれた、人の気持ちがわかる大人になってくれた、こんなに大切に孫を育てているんだと思うと、自分が情けなくて、涙が出る。
 自分のためにはあんまり怒らない娘になってしまった。自分のことを考えない娘。人にわがままだと思われるのは、はっきりものを言うからで、自分がまわりと違う扱いを受けることには慣れてしまっている。
 そんな娘に何にも持たせてあげられなかった。自信につながるようなことを何にも与えられなかった。お金も物も服も学歴もなんにもない。あの子は全部自分でなんとかしなくてはならなかった。助けなかった。私は助けなかったのだ。守らなくてはならないのは、他の誰でもない、私自身なのに、
 今、あの子は、自分の娘に全てを注いでいるのだろう。たった一人で。知らないところで。都会ぐらしのあの子には、車もないあの子には、どんなに辛いことだろう。
 嫁にゆくということの大変さは、少しは知っている。田舎暮らしも少しは知っている。きっとヒールも履けないだろう、娘時代は終わり、きれいな格好でぶらぶらするなんて、もう出来ないかもしれない。
 孫は、孫娘は、笑い顔を絶やさなかった。7か月だというのに聞き分けが良くて、帰る頃には慣れたのか、イヤイヤをしていた。普段フローリングで暮らしているので、ウチでは畳に頭を擦り付けて面白がっていた。一日中手を抜かずに育児をしていなかったら、こんな子供には育たないだろう、実際、とても手をかけていた。

 あちらの家に着くのには7時間かかるという。新幹線で7時間。一人で、孫を連れて7時間か。

 私はそんな無理をしたことがない。無理をしたら続かない。続けるためには手を抜かなければならない。だけど、手を抜くと、サボっていると自分が思う。もっとちゃんとしないとと思う。子供と旦那のために、頑張らなくちゃと思う。これからの家族のためにしっかりしなくちゃと思う。

 家は女を中心にまわっている。こんなことを言うと、おかしいと思われるのかもしれない。しかし誰がなんと言おうとそうなのだ。そういうものなのだ。ものなど書かない、文句を言わない、ニコニコしている女こそ、自分を言わない女こそ、そのことの意味を知っている。黙って動く女こそ、全てを生み出すちからなんだ。理解されるかどうかじゃない、誰にも知られなくても、自分の価値は自分で生み出す。感謝なんてされなくても、ただ黙々と生きていく。生み出したものを奪われても、奪われたとしても、ただ、自分を信じて。

 家を出るとき、テーブルの上の皿にあっという間にラップをかけていった。そんな事、私がやるのに、と、思った。娘は今までそんなことをしなかった。

 雨が降ってきた。冷たい雨だ。孫がぐずっているかもしれない………………

#創作大賞2023 #エッセイ部門

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