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【短編】木こりと老婦人

一人の木こりがいた
木こりは、自慢のオノを使って、黙々と、そして熱心にたきぎを作っている
カンカンという規則正しい木こりのふるうオノが 木を割る音が澄んだ空気に響いて、心地よく聞こえてくる
木こりの目は、淡々としながらもオノを当てる木の場所を真剣に見つめている
この淡々とした心静かな時間が好きだと木こりは 感じていた
木こりは、たくさんのたきぎの束を作ると、それを荷馬車一杯に積んで、町に売りにいった
荷馬車が、きしみながら走る音を聞くのも木こりは好きだと感じていた
木こりが、荷馬車を走らせながら、季節の移り変わりに目を楽しませていると、道の脇に一人の年老いた婦人が座っているのが見えた
ここらへんでは、見かけないご婦人だな
と、木こりは思った
とりあえず、木こりは荷馬車をゆっくり減速させて、ご婦人の前で止まった
「ご機嫌よう」
と、木こりは、その年老いたご婦人に挨拶をした
木こりの言葉に顔をあげたご婦人は、少し驚いているように木こりには見えた
「ご機嫌よう」
と、ご婦人は、にこりと微笑むと、木こりに挨拶をした
「もし、どこかに行かれるのでしたら、お送りしますよ」
と木こりは、ご婦人にいった
「教会の見える丘に行きたいのだけど、連れていっていただけるかしら」
と、ご婦人は、微笑みながら言った
「お安い御用ですよ」
と、木こりはいい、荷馬車から降りると、ご婦人を荷馬車の助手席に乗せた
荷馬車に揺られながら、
ご婦人は、娘の頃、この村に住んでいたこと
教会の見える丘で素敵な男性にプロポーズされたこと
そして、その男性と結婚をして、この村を出たこと
そして、三人の子供に恵まれて、幸せに暮らしたこと
そして、つい3ヶ月前に夫が天国に行ってしまった
ことを聞かせてくれた
そのご婦人の声からは、夫をなくした寂しさはあるものの、悲しみは感じられなかった
そして、悲しみに勝る彼女の人生における幸福感が、木こりにはかいま見えた
そして、そんなご婦人を素敵だと思った
そうしているうちに教会の見える丘に荷馬車は到着した
すると、ご婦人は不意に 
「あなた、素敵なオノをお持ちじゃない?」
と、木こりに聞いてきた
木こりは、少しビックリしたが
「はい、荷台のたきぎの間にあります」
と答えた
「それ、見せてくださらない?」
と、ご婦人は、更に驚くことを言った
木こりは、不思議に感じたが、ご婦人の言葉に したがって、自慢ではあるが、素敵とは言い難いかなり古びたオノをご婦人に見せた
ご婦人は、とても優しい手で、木こりのオノの刃の表面を撫でながら、何かぶつぶつつぶいやいたのが、木こりの耳にかすかに聞こえた
そして、ご婦人は、つぶやき終わると
ふふふ
と、楽しそうに笑って、木こりの顔を見上げた
「歳をとるとね、少しだけ、魔法が使えるようになるのよ
だから、ここまで、送っていただいたお礼にあなたの大切なオノに少しだけ魔法をかけさせていただいたわ
案外、歳をとるのも悪くないでしょ?」
と、ご婦人は、楽しそうに言った
木こりは、ご婦人の言葉を信じたわけではなかったが、ご婦人が、少女のようにくったくなく微笑むので、そんなことはどうでもいいと感じていた
そして、木こりは、教会の見える丘でそのご婦人と別れた
その足で、木こりは、町にたきぎを売りにいった
その日は、なぜか、いつもより高い値段でたきぎが売れた
今日は、なんだかいい日だな
と、木こりは思った
少し日が傾いた空をみながら、ご婦人の話を思い出しながら、木こりは家に帰った
翌日、木こりは、たきぎを作ろうと思って、オノを手にした時に異変を感じた
昨日に比べて、木こりの自慢のオノは、羽が生えたように軽かった
全く、力を入れなくても薪が割れていく
そして、いつもの半分の時間で木こりは、たきぎを作る作業を終えていた
歳をとるとね、少しだけ魔法がつかえるようになるのよ
歳をとるのも悪くないでしょ
と、悪戯っぽくいうあのご婦人の声が、木こりの耳に聞こえた気がした
いつか、自分も魔法を使える日が来るんだろうか?
と、木こりは、空を見上げた

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