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【短編】畑の3人の女神

男は、彼の顔をジッと見つめた
二人を挟むテーブルには熱い鉄板があり、ジュウジュウと焼肉が焼ける音が静かに聞こえている
こんな話を聞くのには、この店は少しうるさいなと、男は感じていた
ほんの2時間前、男は、テーブルを挟んで座っているその人と駅で偶然ばったり再会したのだった
10年ぶりの再会だった
10年ぶりだったが、一目でお互いのことがわかった
二人とも、さほど風貌に変化は見られなかったからだった
二人とも仕事帰りで、この後、特に用事もないということで、ご飯でも食べながら積もる話でもしようという事になったのだ
そこで、一番先に目についたこの焼き肉屋に入ったのだった
店に入ると、二人は、とりあえず久しぶりの再会を祝して、ビールで乾杯をすることにした
店員が、ジョッキを持って、近づいてくるのが見える
ジョッキが、硬い音をかすかに鳴らしながら近づいてくる音が聞こえる
そして、二人は、ジョッキを片手に乾杯をした
グビグビと喉を鳴らして、ビールを胃に流し込む
冷たいビールが、喉を流れていく感覚が最高だった
そして、次々に運ばれてくる肉たちを鉄板で焼いていく
ジュウジュウと肉が焼ける音が耳に心地いい
肉が焼けていく匂いは、空腹感を刺激した
焼肉を食べながら、二人は、今の仕事なんかの話を報告しあった
お腹が、だいぶ満たされてきて、ビールもジョッキを重ねて、いい気分で、軽く酔いが回ってるきた頃にその人は、こんなことを 話し始めた
「実は、俺の畑に三人の女神がいるんだ」
僕は、その彼の言葉に焼肉を焼く手を止めた
ジリジリと肉が焼ける音だけが、やけに耳に響いた
聞き間違えたかな?
と、思ってもみたが、聞き間違えではなかった
彼の話はこうだった
彼は、五年前に脱サラして農業を始めた
海外出張で食べたアボカドが日本で食べるのと段違いに美味しくて、こんなアボカドを作りたいと
思ったのが、きっかけだったらしい
しかし、そもそも、アボカドは暖かい地域のもので、日本の気候には合わない
それでも、彼は、いろんなアイデアを出して、栽培を続けたが、うまくいかなかった
サラリーマン時代に蓄えた資金も底をつきかけて
夢もここまでか
と、またサラリーマンに戻ることを考え始めたある日の朝、彼が畑に向かうと門のところに三人の 女の人が立って彼を見ていたらしい
その女の人たちは、金色の美しい髪を風になびかせて立っていて、彼が近づくと、この土地の女神だと名乗ったらしい
そして、彼にこの土地にあったアボカドの栽培方法を教えてくれたとか
半信半疑で、試してみると、ずっとうまくいかなかったのに、その年から素晴らしいアボカドが実るようになって、今では、ちょっとしたブランドとして、高値で取引されるまでになっているらしい
ということだった
彼の話を聞いても、にわかには信じがたい気がしたが、彼が成功しているのは事実だ
信じがたいが、そんなこともあるのかな 
と、僕はぼんやりと、やけすぎてしまった肉を見つめながら思った
そんな僕の様子を見て、彼も何かを察したのか
信じなくてもいいよ
と、僕を気遣い笑って見せた
「そんなことはないよ」
と、言ってはみたものの、彼がどう思ったのかは
わからなかった
それからしばらくして、僕たちは店を出て、連絡先を交換した後に別れた
それから半年後、僕の元に彼から荷物が届いた
段ボールを開けてみると、そこには彼が育てたアボカドと手紙が入っていた
手紙を開けてみると、便箋と一緒に一枚の写真が
入っていた
畑と一緒に写った彼の写真だった
いや、正確にいうと、彼らの写真だった
彼を取り囲むように三人の金色の髪の美しい女性が写真におさまっていた
その写真を見ながら 
やはり、彼から聞いた話は本当だったんだ
と、僕は、信じがたい気持ちと嬉しい気持ちの混ざった不思議な感覚を感じていた

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