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【短編】不思議な落とし物

「今年は、異常気象だなあ」
と、窓の外を見ながら、僕はつぶやいた
もう年も明けて1月だというのに窓の外から見る 景色はまるで夏だった
木々は、青々としていて落ち葉の一つもない
「あの、すいません」
という声を聞いて、僕は振り向いた
一人の初老の男性が、交番の入り口に立っていた
「はい、どうしました?」
と、僕が言うと、その初老の男性は、一本の斧を 僕の目の前に差し出した
僕は、一瞬、ギョッとして男性を見ると、その男性は
「そこの道に落ちていたんで、一応、交番に届けた方がいいかなと思って届けにきました」
と言った
「あ、そうだったんですか
では、落とし物として預かりますので、一応 書類を作成しますね」
と、僕は笑顔で答えた
書類を作り終えると男性は帰っていった
交番の僕の机には、斧だけが残った
とりあえず、僕は、斧を金庫の中にしまって、日誌を書き始めた
日誌をそろそろ書き終わるというところで
「あのぉ、すいません」
という声が聞こえて、僕は、日誌から顔を上げた
見ると、そこには、白い髭をたくわえた老人が 一人立っていた
「はい、なんでしょう?」
と、僕が 返すと
「斧を落としてしまったのだが、こちらに届いていないでしょうか?」
と、老人は言った
その言葉を聞いて、僕は内心
思いがけず、早くに落とし主が見つかったな
と思った
僕は、さっきしまった斧を金庫から出してきて、その老人の前に置いた
「これでしょうか?」
と、僕が聴くと
その斧を見て、老人は 
「それです、それです」
と、笑顔で答えた
「では、こちらの書類に必要事項を記入してください」
と、僕は、老人に椅子をすすめ、老人の前に書類を置いた
老人は、素直に僕の言うように書類に必要事項を 書き込んだ
老人が、記入し終わった書類を僕は確認した
「神、というお名前なんですね
それで、下のお名前はなんと言うんですか?
苗字しか書かれてませんが?」
と、僕が聴くと
「名前はない」
と、その老人は答えた
「ない、ということはないですよね?」
と、僕が聞き返すと
「私は、君たち人間がいう神様なので、名前はない」
と、その老人は答えた
うわー。これは、厄介だな
と、僕は内心思った
「神様なのに、こんな斧なんて物騒なものをお持ちなんですか?」
と、僕は、ことを荒立てないように慎重に様子を見ながら聞き返した
老人は、僕の目をまっすぐに見て
「私は、冬を司る神なのです
その斧を私が振り下ろすと、全ての木々の葉が落ちて、冬がやってくる
斧を無くしたせいで、その作業ができず
ほれ、窓の外をごらんなさい
まだ木々は、青々としているでしょう」
と、大真面目な顔で、老人は言った
さあて、いよいよ、困ったことになったぞ?
このまま、この老人に斧を渡してしまっていいものか?
と、老人の言葉を聞いて、僕は思った
そんな僕の顔を見て、僕が何を考えているのかを 読み取ったかのように、その老人は 
「信じてもらえないようですね
では、今ここで、それを証明して見せましょう
失礼、これをお借りしますよ」
と言って、斧を手に取ると、軽く斧をバッテンをかくように振った
そして、斧を机の上に置くと
「ほら、窓の外をみてご覧なさい」
と、僕に言った
ボー然と老人を見ていた僕は、はっと我に帰り不審な気持ちを感じながら、老人の言う通りに窓の外を見た
すると、さっきまで青々と茂っていた木々は、すっかり葉を落として、窓の外は、一瞬で冬の景色に変わっていた
僕は、自分の目が信じられなくて、慌てて交番の外に出た
けれど、遠くに見える山々も全てが冬景色に変わっていた
そして、僕は、外の空気の冷たさに身震いをした
「信じていただけましたかな」
と、老人は言うと、斧をヒョイっと持って、呆然としている僕をおいて、交番を出て行ってしまった

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