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【短編】そうめんの上のさくらんぼ

なんでそうめんの上にさくらんぼを載せるんだろう?
と不思議に思いながら、白いそうめんの上からつまみ上げたさくらんぼを眺めた
営業先からの帰り遅い昼ごはんを食べようと入った和風の喫茶店は、静かにクラッシックが流れていた
店の中はお昼時を過ぎて客もまばらだった
店員さんもランチどきをすぎて、まったりとカウンターの向こうで何を話しているのかわからないが、おしゃべりをしている声がかすかに聞こえている
仕事も忙しく暑い日も続いて、夏バテ気味な私は
食欲はなかったけど、食べないと体力がもたないと、とりあえずなんとか食べれそうなそうめんを
注文したのだった
とりあえず、そうめんにのっているさくらんぼを お皿の隅に移動させて、私はそうめんをすすった
そうめんが、するすると喉を通り抜けてく感じが 心地よかった
そうめんにして正解だった
と私は思った
でも、それほど箸は進まなかった
ふと見ると、私の一つあけた斜め向かいの席に一人のサラリーマン風の男性が座っていた
そして、店員さんの
お待たせいたしました
の声が聞こえると、同時に彼の目の前にそうめんの涼しげなガラスのお皿が置かれた
仲間だ
と私は心の中でつぶやいた
彼は運んできてくれた店員さんにお礼をいうと何やら皿をジッと見て、そして、そうめんの上に乗っていたさくらんぼをつまみ上げると皿の脇に そっと置いた
私は、それを見て見ず知らずの彼に親近感を感じた
またしても仲間だと私は心の中でつぶやいた
なんとなく彼を見ていると、彼は、運ばれて来た そうめんを美味しそうにものすごい勢いで食べた
夏バテで食欲不振には見えなかった
ありがとうございました
という声とお会計を済ませて店を出て行く客の足音が聞こえる
かちゃかちゃという音を静かに立てながら店員さんが出ていった客のテーブルの上の食器を片付けている気配を感じる
そんな色々を感じながら、私は、ようやくそうめんを食べ終わった
そして、同じぐらいのタイミングで、さっきの彼もそうめんを食べ終わったようだった
そして、彼は、お皿の脇によけたさくらんぼを ヒョイっとつまみあげた
そして、嬉しそうな顔で、さくらんぼを頬張った
あれ?
あの人は、さくらんぼが好きで、好きなものを最後に食べたかったんだ
と私は思った
そして、少しなぜかガッカリした
仲間じゃなかった
と思った
そして、彼が、足早に席をたちお会計のためにレジに向かう姿を見送った
彼が、店員さんに挨拶をして店を去って行く気配を私は、背中で感じた
さあ、私もそろそろ仕事に戻らないといけない
と、思った時、お皿の脇によけられたさくらんぼが目に入った
結局、彼は仲間じゃなかった
あんなに美味しそうにさくらんぼを食べたもの
と、また同じ気持ちが、なぜかよぎった
そして、私は、はっとした
私は、別にさくらんぼが嫌いなわけではないことに今更気づいたからだ
私は、さくらんぼが嫌いなのではなくて、そうめんの上に載せられているさくらんぼが好きではないだけだったことに気づいた
さくらんぼの味が嫌いとかではなく、そうめんに さくらんぼをのせる意味がいまいち理解できないという理由で、なんとなく嫌悪感や違和感を感じていただけだった
そう思うと、なんだかおかしくなって来た
そして、私は、お皿のわきによけたさくらんぼを つまんで口の中にほうこんだ
さくらんぼの少し力を入れないと破れない皮の感触を感じた後にさくらんぼの甘さが口いっぱいに 広がった
そして、さくらんぼを食べ終わると、私は鞄を持って席を立った

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