シェアハウス・ロック0616

「ずいぶんお上手ですねえ」

 ベルリンの壁崩壊よりも10年程度前、やはりNHKのドキュメンタリー番組で、ジプシー・フェスティバルを取材したものが放映された。
 世界には農耕民族、狩猟民族などがいるが、祝祭民族というのもあっていい。漂泊民がいるんだったら、漂泊民族だってあっていいような気がする。松尾芭蕉も、『奥の細道』の序文で、「漂泊の思ひやまず」と言っている。松尾クンも漂泊民っぽいところがあるなあ。遊牧民族なんていうのも、漂泊民族に近い気がする。海洋民族も近いなあ。
 漂泊民族も祝祭民族も狩猟民族も、私の思い入れでは互酬(贈与と返礼)で生きている人々である。
 ジプシーは、このごろでは賎称、蔑称のようで、心ある人は「ロマ」と言うようだが、ここではジプシーで通させてもらう。
 さて、ジプシーの、さらにフェスティバルだから、祝祭の2乗である。幌馬車のようなものを連ね、野越え山越え、南フランス(だったと思う)の会場までやってくる。その映像を見るだけで嬉しくなってしまう。
 とは言っても、1980年あたりだったから、幌馬車はたぶんレアケースで、絵になるから撮影したに過ぎず、大半は散文的にピックアップトラックやらなんやらで集まったんだろうなあ。まあ、仕方ない。私らの期待なんぞには頓着しないほど、彼らは気ままなんだから。
 食い物屋の屋台が出たり、あやしげな物品を売っていたり、占いの屋台が出たり、祝祭空間の典型のような光景をカメラは延々と写していく。
 5、6人くらいの男たちが地べたに車座になって座り、ギターを演奏している映像が出て来た。
 アナウンサーは、「ずいぶんお上手ですねえ」とコメントした。
 バカかよ、おまえ。上手いに決まってるだろう。ギターを弾いていたのは、マニタス・デ・プラタである。訳すと「銀の指」。「沈黙は金。雄弁は銀」といい、東洋人、特に日本人が聴くと「沈黙」のほうが偉く聞こえるが、この「銀」はプラチナであり、言うまでもなく「雄弁」が偉い。つまり、「銀」のほうが偉い。
 まあ、そんなことはどうでもよろしい。このときも私は、「NHKのアナウンサーは、ものを知らねえな」と思ったのである。前回のロストロポービッチは、映像は数秒間だったので多少自信がないが、こちらは100%保証付きである。あれは間違いなくマニタス・デ・プラタだ。
 この番組を見て以来、数年間、その季節になると、私は打てるだけの手を打って、ジプシー・フェスティバル開催の情報を得ようとした。行きたかったのだ。探し方が悪いのかもしれないけれども、情報は皆無。もしかして、アイツら根がジプシーだから、「いついつ、どこそこでやりますよ」などという告知などはせず、なんだかよくわからないルートで話が伝わり、それであれだけ集まってしまうのではないかと考え、私は探索を諦めた。
 マニタス・デ・プラタは、アメリカのレコード会社の「録音したい」というオファーに対し、「聞きたいなら、そっちが来ればいい」と言ったという。いい話だ。飛行機嫌いだったようだね。
 それでも、奇跡のように日本へ来て、確か2公演やった。よみうりホールだった。当然、私は行った。聞いてしばらく、頭のなかがフラメンコになっていた。
 マニタス・デ・プラタを知らなくても、ジプシー・キングスなら知っているだろうと思う。彼らは、マニタス・デ・プラタの眷属で構成されている。ジプシー・キングスも知らない? 『インスピレイション』が『鬼平犯科帳』のエンディングテーマ曲に使われていたよ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?