シロクマ読書感想文①アントニオ・タブッキ「インド夜想曲」(須賀敦子訳)

失踪した親友を探すためにインドを訪れた男が過ごす12の夜の物語が並ぶ。
「はじめに」に記された通り、ガイドブックとしての役割も果たせそうな、細かいホテルの描写が、コロナ禍にあって難しくなってしまった旅の感覚をリアルに思い出させる。
男は病院や神智学教会など様々な場所を訪れるが、夜行バスの停留所で出会った少年と「占い師」の言葉から、ぐっと真相に近づいていく。
旅費が尽きる最後の夜には、インドの混沌の中に溶けていくような、ぞわっとする仕掛けが施されている。
実際旅をした記憶といっても、目的地の景色ではなく、宿泊するホテルの部屋の隅で死んでいた虫や、シャワールームのやたら大きくてちょっと不安になる排水口だったりの、しょうもない断片の方を鮮明に覚えていたりする。そんなしょうもない記憶の「鮮明さ」を肯定してくれるような、不思議な物語である。

https://www.hakusuisha.co.jp/book/b205546.html

アントニオ・タブッキ「インド夜想曲」(須賀敦子訳)白水社、1993年。


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