そうだ、京都に行こう

数年前の夏ごろのことである。

出会いと別れの物語を書いているライトノベル作家こと白石定規こと僕こと馬鹿は、ある日唐突に思った。

「なんか旅館に泊まりこんで原稿書くって作家っぽくて……良いな……」

当時の僕は「作家っぽい」という単語に妙な魅力を感じている時期(馬鹿)で、そのせいで日々喫茶店に行ってはドヤ顔でノートPCを開き、隣の席で繰り広げられるマンションの勧誘と陰謀論に耳を傾けながら小説を執筆するというのが日課だった。

そしてこの日も僕はなんとなくの雰囲気で作家っぽいことを思いついたのである。旅館で小説書こう。

京都旅行を決意してから僕はふと思ったのだが、そもそも僕は京都に行ったことが今までに一度もなかった。

そして京都に行ったことがないうえに京都に対する知識すら皆無。たとえば一般的な外国人による日本の印象が「スシ!」「ニンジャ!」「サムライ!」であるように、僕にとっての京都に対する印象といえば「和風!」くらいしかなかったのである。京都に対する熱い偏見がそこにはあった。

とりあえず憧れの「旅館で原稿!」を決行するために僕は旅館を探した。

しかし探せど探せど宿屋は全然見つからなかった。旅館はなぜだかどこも満室で、このままでは憧れの「旅館で原稿!」ができない。

京都旅行はいきなり暗礁に乗り上げた。なんということだろう。しかし当時の馬鹿なライトノベル作家はそんな状況にも関わらず、

「ぜんぜん予約とれないじゃん! ひゅー! さすが京都だぜ!」

などと無駄にテンションをブチ上げたのであった。もはや意味がわからない。なんやかんやでそれからあらゆるサイトで探した結果、ビジネスホテルの倍近い値段の旅館を見つけて予約した。

そして迎えた旅行当日。新幹線で京都駅へと降りた僕は驚愕した。

「近代都市だ!」

悲しいかな当時の僕といえば世間知らずも甚だしく、鹿児島といえば桜島が見える県だと思っていたし、滋賀県はなんか湖がでかい県だと思っていたし、奈良県はシカがうようよいるような県だと思っていたし、北海道はなんか年中雪が降っているのだろうと思っていたのである。

そんな僕だったので新幹線を降りたとたんに江戸みのある街並みが広がっているのだとばっかり思っていた。一体どうやって今まで生きて来たんだと思いたくなるくらいの世間知らずぶりであった。いい歳こいてほんと何考えてんだと今では思ってます。

旅館までの道のりは良く分からなかった。何より古き良き日本の原風景があるのかと思ったら普通に京都駅の近くは普通の街並みであった。秒でタクシー乗ったのは言うまでもない。

「○○って旅館に行きたいんですけどぉー」

スマートフォンを誇らしげに掲げる僕。気分は黄門であった。タクシードライバーはそんな僕のドヤ顔になど気づくこともなく「ああはいはい、ここね」とハンドルを握る。僕は静かにシートベルトを締めた。

「京都って混んでるんですねぇ。凄いなあ」

車窓から見える京都の街並み。大通りの脇一車線には沢山のちょうちんをぶら下げた車らしきモノやら、何かよくわからない神輿のようなものが並んでいた。人通りは驚くほど多く、うわあやっぱ観光都市って凄いやぁと思ったものであった。

一方でタクシードライバーさん「ああ」とこともなげに頷いた。

「いつもはこんなに混んでないよ」

「? 今日は何かあるんですか?」

「祇園祭があるね」

「…………?」

祇園、祭?

タクシー内に不穏な空気が漂い始めた。ドライバーはミラー越しに僕を見る。「お兄さん、祇園祭のために来たんじゃないの?」

「いや……違います……けど……?」

「へえ。じゃあ仕事とか?」

「いえ観光です」

「……祇園祭で来たんじゃないの?」

「……いや……違いますけど……」

「ああ……そう、なんだ……」

「…………」

ここで気づいたことが一つあった。

旅館の予約がろくにとれなかったのも、街がやたらと混んでいたのも、すべて祇園祭が招いたことである。

普段はそこまで極端に予約がとれないなどということもないらしい。僕は完全に来る日程を見誤ったのである。そもそも下調べくらいやれよという話である。

結局それから僕は無事に旅館に辿り着き、憧れの「旅館で原稿!」のためにノートパソコンを開いた。

……のだけれど残念ながらその日は更に運が悪く、テレビでジブリ映画がやってたんですよね。まあ気づいたら見終わってましたよね。原稿なんかやってられませんでしたね。

とはいえ今回を機に僕はようやく京都に対する「和風!」などといった雑な偏見を捨て去ることができたのである。

これもある種の出会いと別れの物語と言えるのではないだろうか。

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