Siri(誤変換)が大変なことになった話

 魔女の旅々19巻のあとがきに書こうとしたけれど内容が内容だったために(あと普通に長すぎるので)結局お蔵入りになったあとがきのようなものをここに供養いたします。

ちなみに白石は現在健康です。

↓↓↓本編はここから!!



 尻から血が出た。

 朝、いつものように用を足した時のことである。

 何の痛みもなく、違和感もなく、トイレットペーパーは赤く染まっている。

「あ、やっべぇ……」

僕はトイレで一人呟いた。

 排泄物が血に塗れている経験など今まで生きていて一度もなかったゆえ令和一恐怖を感じた瞬間でもあった。そんな状況下で冷静さなど保てるはずもなく、その直後に予定していた担当編集M氏との打ち合わせでも取り乱した僕は、あれやこれやと仕事の話をしている最中に「尻から血が出ました」と報告するほど錯乱していた。

 その時の僕のテンションは大体「殺人事件が起きました……!」みたいな深刻さを醸していたが担当編集氏に伝わっていたかは微妙なところである。

「あ、そ、そうなの……?」みたいな反応が返ってきた。あと普通に病院に行ってきてくださいとも言われた。正論。全くその通りである。

 僕が感じていた恐怖は何といっても、排便時に痛みを全く感じなかったことに起因する。僕も作家の端くれ。これまで数多くのクリエイター達が「痔には気をつけろ」「作家に痔は多い」「いい椅子を買って痔に気をつけなさい」などなどと語っている場面を見たり見なかったりしている。マザーテレサだって痔に気をつけろと言ってた気がする。

 そもそもデスクワークをする人間にとって痔は切っても切れない関係にあるといっても過言ではない。痔だけに。

 ひょっとしたら僕もその一員になったのかも——と思い至ったのだが、ここでふと気づく。痔を患った方々の話にはいつも激しい痛み、手術、ドーナツ型クッションなどの単語が付き纏っていたではないか。

 しかし僕の尻に痛みは、ない——。

 その事実に気づいたとき、僕の血の気が一気に引いた。

 痛みがないということはすなわち体の中に異変があるということではないだろうか。体の中の異変ということは痔とは違う要因の可能性も含まれているというわけで、簡潔明瞭に申し上げると癌の可能性だってあるわけである。

 やばい——直感した僕はすぐさま仕事を休んで病院に駆け込むことにした。

 ところがやはり今の時期はどこの病院も空いているところはそう多くない。

 そもそも尻から血が出たという症状で一体どこの病院にかかれば良いのかもわからない。結果僕は片っ端から電話をかけまくるという暴挙に出た。

こうしている間にも尻の中では病が進行しているかもしれない——焦りが僕を支配する。しかしいくら電話しても「うちは診断書がないと……」「今予約がいっぱいでして……」という答えのみが返ってきた。僕は泣いた。上は洪水、下は大火事。古来よりよく知られるなぞなぞの答えは尻に爆弾を飼っているライトノベル作家である。

 結局何件か電話して空振りだった頃に、普通に家の近所に肛門科の診療所があることを知った。電話をしてみると予約なしでも普通に受診をしているそうだ。僕は急いで着替えて家を出た。

 木造りの暖かい雰囲気の診療所の待合室は人でいっぱいだった。このご時世のため発熱があるかどうかを聞かれ、首を振ったのちに座って待つ。

 待っている間暇だった僕はTwitterを眺めてぼんやりしていた。診療所にまでたどり着いたという充足感のおかげか心にゆとりを取り戻した僕は、担当編集氏の「自販機で当たりが出ました!」というツイートを眺めながら微笑ましい気分になったりもしていた。

 それから待合室のテレビで放送されていた何らかの形で平沢進あたりが関わっていそうな教育系番組の音楽と映像をぼんやり眺めること数分、僕の名前が呼ばれて立ち上がる。

 貫禄のあるお医者様に現在の状況を必死で伝えた。尻から血が出たが痛みはない。ひょっとしたら体の中身がおかしいのかもしれない。あれこれ話した結果とりあえず尻を見てみましょうという流れになった。

 尻を見る。

 もう一度言いますね。尻を見られるのである。

 初対面の人に!

 病気の症状を把握するために!

 病院のベッドでうつ伏せになった状態で!

 尻を献上しなければならないのである!

 中々の覚悟が必要だった。しかしこれで癌かどうかがはっきりするのであれば文句の言いようもないだろう。

 自身の全てを預ける気持ちで僕はうつ伏せのまま祈る。

 癌か痔か。

 診察結果でこの二択のうちどちらかがおそらくはっきりする——僕は神に祈るような気持ちで「癌は嫌だ癌は嫌だ癌は嫌だ」と組み分け帽子を被ったあいつのようなセリフで祈り続ける。

 要するに担当編集が自販機で当たりを出していた頃、僕は診療所で尻を出していたのである。天国と自国。

「白石さん」

 尻から声がした。振り返ると貫禄のある医師がこちらを見つめていた。

 そして一言。

「痔です」

 痔!!!!!!!!!!!!!!!!!

 このときの嬉しさといったら形容のしようもない。貫禄のある医師をそのまま抱きしめたいような気分だった。嬉しすぎて担当編集に「痔でした!」とエクストラメーションマークを百個くらいつけて送りつけたほどでもあった。

 結局のところ僕も他のクリエイターの方々と同様、尻に爆弾を抱えた一人となったということらしい。貫禄のある医師曰く、内痔核と呼ばれるもので、一般的に痛覚のない箇所にできた痔であるらしい。そのため血が出るまで尻に爆弾ができていることに気づかなかったのだ。

 ちょっと出血してるから頑張って治しましょう、と話はまとまり、その日は飲み薬などなどをもらって帰宅となった。

 四月からはしばらく専業で働こうと思っていた矢先の出来事である。これまで尻に事故を起こしたことなど一度もなかったゆえに、「なるほど……これが専業で食べていくということなのか……」と妙に納得したりもした。

 というわけでその日以降、デスクワーカーの方々と同じくドーナツ型クッションと共に僕は生きている。

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