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弁護士が気ままに「半沢直樹2」を語る(第2話−前編−) 〜電脳側の犯罪行為その他〜

「それぞれの顧客がベストと信じる相手にアドバイザーになってほしいと依頼してきた場合、それに応えるのが使命です。」

電脳雑伎集団とSpiralを当事者とする東京中央銀行と東京セントラル証券との代理戦争という構図が固まった第2話。コンプライアンスの観点からはもう無茶苦茶という様相になってきましたが、ドラマとしてはとても面白い怒涛の1時間15分でした。

さて、今回も、金融規制・金融取引に携わる弁護士の立場から、気ままに感想を語っていきたいと思います!前回の記事について、気ままと言いつつかなりの長文だったにもかかわらず、意外と読んでいただいた方もいらっしゃったようで、とても励みになりました。流石に第2話以降はネタも減るだろうと思っていましたが、全然そんなことはありませんでしたね!(笑)今回はそれを上回る長文になってしまいましたので、前編と後編とで分けさせていただきます。興味のある論点だけでも良いので読んでいっていただければ幸いです。

なお、前回と繰り返しになりますが、私は銀行や証券会社の中の人間ではなく、内部の実情を踏まえた感想は言えません。また、実際に法律問題を抱えている方向けに練った記事にしているわけでもありません。原作小説も未読です。気ままに感想を記すものですので、これらの点をあらかじめご了承ください。

第1 東京中央銀行、電脳、フォックス、大洋証券による陰謀について

東京中央銀行の伊佐山が考えた買収計画。その驚きの全容は、東京中央銀行、電脳、フォックス、大洋証券の四者で密約を交わし、そうと知らないSpiralにホワイトナイト役のフォックスへの新株発行を行わせた上で、電脳がフォックスを買収することでSpiralをも傘下に収めるというものでした。

まさに巨大な陰謀という感じですが、冷静に考えると、法律論の前に素疑問として、銀行は一体いくら融資するつもりだと思いましたね。第1話時点でSpiral株30%に既に900億円使ってますし、今回フォックスへの融資予定が1000億円でしたし、頓挫しましたがうまくいっていれば電脳がフォックスを買収する際にまた巨額の融資が必要になったことでしょう。フォックスは業績不振で株価が下がっていたそうですが、Spiralとの資本提携により単純にSpiral株分だけでも1000億円相当の資産が増えるので、当然株価も急上昇したはずだからです。もしフォックスとSpiralとの資本提携の公表前に、電脳が安い株価でフォックス株を買っておく計画だったとすれば、それはそれでインサイダー取引に当たりそうですしね。正直ここまで金を使う気があるなら、最初からSpiral株の公開買付で買取価格のプレミアムをバンバン上乗せしておいた方が早かった気が。。というツッコミはさておき、法的な観点から多くの人が気になったであろう二点についてコメントしたいと思います。

(1)Spiralからフォックスへの新株発行の「法に触れそうな内容」とは?

半沢は、森山のまとめたSpiral買収防衛策に対して「いくつか法に触れそうな内容があるな。」と指摘したり、広重に対しても「発行した新株を1社だけで引き受けるのは法的に大丈夫か?」と質問したりしていました。いかにも伏線!といった感じなのに、結局広重の「例外もあるし法的チェックも済んでいます。」という返答だけで、その後本筋には関わらなかったのでモヤっとしていた方も多いのではないでしょうか。

半沢の懸念していた法的な問題というのは、おそらく、Spiralからフォックスへの新株発行が「株式の不公正発行」(会社法210条2号)に該当して、電脳側から新株発行の差止めを請求されるのではないかというものだったと思われます(実際はフォックスも電脳とグルだったので、少なくとも電脳側から差止めを行うはずはなく(他の株主は知りませんが)、それを分かっていた広重もさっさと話題を変えていましたが)。

会社法上、新株発行の差止めが認められる場合の1つに、「当該株式の発行…が著しく不公正な方法により行われる場合」というのがあります(会社法210条2号)。今回、電脳が買収によりSpiralの支配権を得ようとしていることに対抗し、瀬名社長ら現経営陣がホワイトナイトであるフォックスに対して新株発行を行ってその支配権を維持しようという計画だったわけですが、裁判所は、このように支配権をめぐる争いが生じている中で行われた新株発行が「著しく不公正な方法」によるものか否かを判断する際、「主要目的ルール」といわれる判断基準を用いています。主要目的ルールとは、資金調達等の正当な目的現経営陣の支配権維持目的とを比較衡量し、支配権維持目的が優越すると判断される場合には、当該発行は「著しく不公正な方法」によるものとして、発行の差止めを認めるという基準です。なんで現経営陣が自らの支配権維持目的で新株発行しちゃいけないの?という点ですが、判決等では、「取締役の選任・解任は株主総会の専決事項とされているところ(会社法 329 条、339 条)、被選任者である取締役が、選任者である株主の構成を自由に変更できるとすることは、資本多数決を旨とする機関権限分配の趣旨に反することとなる。」という説明がされています。わかりやすく言えば、株主と取締役との主従関係を覆すことは許されないということです。瀬名社長は創業者で株主でもあるのでしょうが、株主としての立場と取締役としての立場はしっかり分けなければならず、取締役としての立場を利用して、他の株主を不利益な状況に追いやり、自らの取締役の立場を強化するというようなことは認められないわけですね。

さて、この主要目的ルールを踏まえて、新株発行が不公正ではないと主張したい側(今回はSpiral側)としては、資金調達等の正当な目的があることを説得力を持って説明できるようにしておく必要があります。

半沢らが、フォックスの郷田に対して、「株主になることで御社にどんなメリットがあるとお考えですか?」と問うていたのは、この資本提携の主要な目的は、現経営陣の支配権維持のためではなく、ちゃんとSpiralとフォックスとが手を組むに値する合理的な事業計画があり、そのためにSpiral側で資金が必要なので新株発行するんです、という説明ができそうか確認する意図もあったものと思われます。前回のブログで、第1話の時間外取引について、ライブドアの件が元ネタっぽいという話をしましたが、今回も同様と言えます。この時は、ライブドアから敵対的買収を仕掛けられたニッポン放送が、フジテレビに対して新株発行(厳密には新株予約権発行)を行おうとしましたが、ライブドアが不公正発行だとして差止めを請求し、裁判所も資金調達の必要性が疑わしいこと等を認定し、差止めが認められてしまいました(東京高裁平成17年3月23日決定(ニッポン放送事件))。

また、半沢が「発行した新株を1社だけで引き受けるのは法的に大丈夫か?」と質問していたところから思い起こされる最近の実例として、出光興産の件が挙げられます。ニッポン放送事件では、まさに発行した新株を1社(フジテレビ)だけで引き受ける第三者割当増資という方式が取られていました。この方式だと、その1社として現経営陣の味方を連れてくれば現経営陣の支配権は盤石となるため、支配権維持目的が強いと見られがちです。他方で、この出光興産の件では、新株は発行するが、現経営陣が決めた1社だけに行うのではなく、一般に買い手を募る公募増資という方式が取られていました。出光興産に対しても、現経営陣との間で支配権を争う創業家から不公正発行を理由に差止め請求が行われたのですが、裁判所は、この公募増資という方式も一つの理由として、現経営陣の支配権維持目的が主要な目的ではないと認定し、差止めを認めなかったのです(東京地裁平成29年7月18日決定(出光興産事件))。公募増資では割当先が現経営陣の意思とは無関係に決定され、必ずしも割当先が現経営陣の意向に沿って議決権を行使する保証はないため、その分、現経営陣の支配権維持目的が弱まるわけですね。もっとも、第三者割当増資か公募増資かというのはあくまでファクターの一つ。公募増資なら公正性が認められやすいものの、第三者割当増資だからと言って直ちに公正性が認められないわけではありません。第三者割当増資でも、ニッポン放送事件とは異なり、説得的な事業計画が示されたとして支配権維持が主要目的でないとされた事例(東京高裁平成16年8月4日決定(ベル・システム24事件))も無いわけではありません。「例外もあるし法的チェックも済んでいます。」という広重の説明は、(本当にちゃんとチェックしたんだとしたら)こうした背景を踏まえたものでしょう。

(2)「あんたがやったことは犯罪だ!」具体的には?

次に、伊佐山の買収計画が半沢らに露呈し、半沢が広重をゲキ詰めしながら「あんたがやったことは犯罪だ!何ならここで警察を呼んでもいいんだぞ!」というシーン。余談ですが、広重役の山崎銀之丞さんの「待って!」の演技は素晴らしかったですよね(笑)。よく見ると、警察呼ぶぞの時点では声にならず口がパクパクしていて、「森山、110番!」で堪らず「待って!」が出ていて、芸が細かいです。さて、ここは具体的には何罪なんだろうという疑問を持った方も多いのではないでしょうか。

 (ア)背任罪? 

まず考えられるのが、背任罪(刑法247条)です。広重(大洋証券)は、Spiralとの間でアドバイザー契約を締結しており、電脳からの敵対的買収への防衛策についてSpiralの利益のために助言を行う契約上の義務を負っているところ、電脳という第三者の利益(及び、伊佐山から報酬をもらう広重自身の利益)を図る目的で、その義務に反して逆に買収を成功させるための助言を行ったためです。背任罪の場合、既遂に達しているかどうかが問題になります。背任罪が既遂に達するためには、Spiralに「財産上の損害」が生じたことまでが必要です。背任罪における「財産上の損害」は、経済的観点から本人(Spiral)の財産状態を全体的に評価し、背任行為によって全体財産が悪化したといえることが必要ですが、既に大洋証券にフィーの一部を払っているとか、フォックスとの間で株式引受契約を締結してしまったとかであれば明らかですが、今回のように株式引受契約締結直前に計画が頓挫している場合、それでも「財産上の損害」があったといえるのかは争いがありそうです。強いて言えば、この企みに振り回された結果、電脳による公開買付が進む中、買収防衛のための貴重な数日を失ったことが挙げられ、それによって他の買収防衛策が失敗してしまったとか、企業価値が毀損したとか、何らか経済的観点から損害といえるものがあれば、既遂といえるかもしれません。もっとも、そうした損害が「財産上の損害」と認められそうかは裁判例等を詳細にリサーチする必要がありそうですし、また、本当にそうした損害が生じてしまったのかが分かるのは今後のドラマの展開次第ともいえそうですね(笑)。既遂でないとなると、背任罪の未遂(刑法250条)ということになります。

 (イ)詐欺罪?

次に、そもそも広重(大洋証券)がSpiralとアドバイザリー契約を締結したこと自体、伊佐山らの買収計画の一部だったのですから、最初からSpiralを騙すつもりだったという点に着目すれば、詐欺罪(刑法246条)の成立も考えられます。詐欺罪の方が背任罪より重い罪ですので、詐欺罪が成立するならそちらが優先されます。詐欺罪の場合、具体的に騙し取ろうとしたものが何なのかが問題になりますが、アドバイザリーフィーという金銭だと見ることもできますし、フォックスに割り当てられるSpiralの新株だと見ることもできます。いずれの場合でも、今回は詐欺罪の未遂(刑法250条)になります。なお、騙し取ろうとしたものというのは、必ずしも金銭とか株とか実体のあるもの(いわゆる一項詐欺)に限られず、財産上の利益でも良いので(刑法246条2項。いわゆる二項詐欺)、アドバイザー契約を締結して大洋証券がSpiralに対してフィーの支払請求権を(条件・期限付きで)取得した時点で既遂なのではないかと思われる方もいるかもしれません。ただ、少なくとも判例上は、請求権の取得に独自の価値・意義があるような例外的場合を除き、 詐欺罪の未遂罪の成立にとどめるべきとされているようでして(例えば、虚偽申告して本来締結できない保険契約を締結させた場合、契約締結だけでは既遂とならず、保険金の支払いか、少なくとも保険証券という現物が交付されることが必要となっています。)、今回もやはり未遂という線が濃厚です。

 (ウ)金融商品取引法違反?

最後に、特別法として、金融商品取引法(金商法)上の刑罰も検討すべきです。

まず、冒頭で述べたとおり、仮に計画が頓挫しなかったとして、最終段階で電脳がフォックス株を買う際、Spiralのフォックスに対する新株発行の公表前に行うのであれば、インサイダー取引規制(金商法166条)の違反として刑罰の対象となっていたでしょう(金商法197条の2第13号)。

次に、Spiralから新株を引き受けるという有価証券の取引を行うために、あたかもフォックスが電脳からの敵対的買収に反対するホワイトナイトであるかのように装ったことに着目すれば、金商法158条に基づく不公正取引規制(「偽計」の禁止)の違反として刑罰(金商法197条1項5号)の対象となると考えることも不可能ではないように思われます。金商法158条は「何人も、有価証券の募集、売出し若しくは売買その他の取引…のため、…偽計を用い…てはならない。」と規定していますが、ここでいう「偽計」とは、「他人に錯誤を生じさせる詐欺的ないし不公正な策略、手段」をいうと解釈されています。この条文が実際に問題となっている事例としては、例えば、自分の持っている株を高値で売り抜けるため、株価を上昇させる好材料になるような架空の事実(ex.その株を発行している会社が多額の融資を受けることに成功した)を公表する場合などでして、今回のように、株を売ってもらう側が詐欺的な手段を用いる、しかも株価に関わる偽計ではなくそもそも売る気にさせるための偽計という事例は、私は見たことがありません。ただ、条文の文言上は、そうした場合にも適用可能なように思われます。

あるいは、より包括的な規定である金商法157条1号に基づく不公正取引規制の違反として刑罰(金商法197条1項5号)の対象になるということも考えられます。金商法157条1号は、「何人も、有価証券の売買その他の取引…について、不正の手段、計画又は技巧を…してはならない。」と規定しています。この条文は、あまりに包括的な規定なので実務上は全く使われておらず、実際に適用される可能性は低いですが、同様に、条文の文言上は該当するという見方もできなくはないように思います。

 (エ)共犯関係

なお、上記いずれの罪についても、実際に実行行為を行ったのは広重又は郷田ですが、東京中央銀行の伊佐山、電脳の社長・副社長についても、それぞれ共同正犯(刑法60条)として同罪となります。

第2 東京セントラル証券のSpiralへの助言及び最終的な代理戦争の構図について

後編に続く!


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