1-2. 実践家から見た自殺予防の課題②ーNPO法人OVA代表 伊藤次郎さんインタビュー後編
(特集 自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
伊藤 次郎(NPO法人OVA 代表)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.1
自殺予防実践を行うNPO法人OVAを設立した伊藤次郎さんをお招きし、自殺対策の現状とその課題について、インタビューを行った内容の後編になります。前編についてはこちらをご覧ください。
次世代の実践家を生み出すために必要なこと
【末木】 最初の部分に戻ります。自殺対策を継続的に進めていくためには、対策を担う次世代をどうやって生み出していくかという課題がありますよね。伊藤さんも、そろそろ40歳手前じゃないですか。
【伊藤】 そうですね、僕はもう36歳なんです。若者じゃないですね(苦笑)
【末木】 例えば、いま大学を出て、しばらく経ったような20代とか、そういった人たちが、自殺対策に関わる仕事をやろうと思うようになるためにはどうしたらよいのでしょうか。
【伊藤】 事業を起こすのにある程度の過酷さがありますが、過酷すぎると倒れてしまいます。そのため、ある程度のリソースがある人たちが投資するべきだと思っています。投資というのは、末木先生が私にしてくださったような知識的な投資もありますし、資金的な投資というものもあります。資金的な投資で言うと、末木先生が三菱財団から資金を取ってきてくださったという経緯があります(※注 第45回(平成26年度)三菱財団社会福祉事業・研究助成「自殺予防のためのインターネット・. ゲートキーパー活動の実践」のこと)。
【末木】 大した額ではないですし、ある意味、投資をしたのは三菱財団ですが…
【伊藤】 それがなかったらOVAは出発できなかったと思います。初期の段階で芽が出た人を、知識的・金銭的な投資をする人というのが必要です。しかし、通常の市場と異なり、投資側にリターンがないので、ベンチャーキャピタルが出てきて、投資することは今のところあり得ないわけです。
実際、大きな助成団体だと、任意団体で活動を始めたばかりの実績がない人に助成しない印象もあります。では、その実績を積むために、どれだけのお金がかかるのか?という話になります。結局は、活動を始めたい人自身がお金を使うことになります。例えば、金銭的投資であれば、ある程度大きくなったNPOや学会といった団体が、100万でも200万でも投資ことも必要だと思います。また、知識的な側面からのコンサルティングも必要だと思います。既に育っている人たちが、水を与えるという行為をしなければ、後進は育ちようがないと思います。
【末木】 それを国がやるというのはダメなのでしょうか。結局、これらの投資は金銭的な意味では儲からないわけじゃないですか。儲からない仕事なんですが、社会にとっては非常に重要なことです。大きく育ったとしても、投資者に金銭的な利益を生むということにはならないため、いわゆる投資家が目を向けてくれることはありません。しかし、社会にとって重要な人や組織を育てるための初期投資というのが必要ということになった場合、国が投資家の代わりに育てるような、そういった仕組みはダメでしょうか。
【伊藤】 おそらく、国はリスクが非常に高いために敬遠すると思います。例えば、私がアイデアを思いついたときのようなフェイズでは当然ダメで、事業をやり始めたフェイズでも、国はお金を出せないと思います。実績もない人に投資をして、万が一何かがあった際に、投じたお金が適切に使われたのか?と国民に批判されうるという問題があります。国や行政というのは、財源が税金なので、非常にセンシティブです。
なので、私が始めたNPO法人化もしていない、初期の段階では、私の任意団体に行政からお金が支払われるというのは難しかったです。そうすると、NPO 法人化して、さらに、寄付等の一定したお金を集めるなりして、その上で実績を生むということをやらなければなりません。そして自殺対策は寄付を集めるのがもっとも難しい分野の一つと言われています。OVAの場合は、「研究者」のブランドを使うことができました。それによって、研究計画という形でお金を調達することができ、実績を積むということがスタートアップ期にありました。しかし、それができない場合は自分のお金を使って活動を続けなければいけません。国が投資をするのは難しいので、ある程度のブランドや信用の付いている人・団体が、リスクを取って、投資をしてあげるしかない。投資側はリスクをとり、リソースも使いますが、リターンは自団体ではなく、社会が受け取る形になります。
【末木】 研究者である私の立場からすると、この投資には明確なメリットがありました。伊藤さんと初めて会って話をした時に、直感的に「これはいいぞ」と思いました。事業のプランや、代表者の人柄・ビジョンを含めてですが、この活動は広がるという直感が間違いなくありました。「これは関わらないとだめだ」「やらなきゃだめだ」「手伝わないと!」と思いました。
私からしてみれば、OVAに関わることで、自殺に関する研究のフィールドが生まれます。また、実践の現場のことを色々と教えていただくようなことがあるわけなので、研究者にはメリットがあると思います。その見返りといってはなんですが、直接的に資金調達できなかったとしても、多少の信用くらいは調達できたかもしれません。
【伊藤】 研究者と協働する形は社会福祉的な新規性の高い事業を立ち上げるための一つのモデルになるのではないかと個人的には思っています。結局、私は末木先生の信用を利用して、実績を積むためのベースを作ったわけです。研究者側からすると、その事業で生まれたデータから発表ができるという側面があります。他のNPOを見ると「ライフリンク」の清水代表とか、「あなたの居場所」の大空代表みたいにとんでもないカリスマ的な力を持った個人が、団体として実績を重ね、メディアにも出て、多くの人を惹きつけ、リソースを集めるといった方法もあるかもしれません。しかし、カリスマ的な個人は、10年に一人くらいしか生まれてきません・・・。
【末木】 実際、そういった人や団体は、そんなポンポン出てきてないですよね。。。
【伊藤】 それに加えて、新規性が高い福祉事業をやった場合、それが本当に効果的かどうかといった検証をしないといけないので、 自惚れながら研究者と実践家が協力関係にあるというのはすごい良いロールモデルになり得るかなと思っています。
研究者と実践家のコラボレーション
【末木】 このような(我々の)連携が続いていることの背景には、伊藤さんの「研究」という活動への理解とか、そういったのも影響があったと思います。それ以前には、研究をしてきたといったことはなかったと思うのですが、研究者と一緒に仕事をすることについては、どうですか?
【伊藤】 私自身、元々、リワークやEAPにいたんですが、その時から関連する論文を読むのは当たり前でした。研究の細かい分析の手法とかは、分かりかねますが、実践的なものをまとめた論文を読むという文化がありました。私自身が、日常的に研究者の書籍や論文を読んでいたこともあり、研究者を遠い存在だと思っていませんでした。しかし、そういった習慣がもともとなければ、研究者を遠い存在と認識してしまうというのはあるかもしれません。またNPOの創業者の中で、効果検証・研究を重視する態度は比較的稀かもしれません。
【末木】 自殺に限らずとも、例えば他のNPO でもそうだと思うんですけど、研究者と一緒に研究してますといった方はそんなには見かけないですよね。
【伊藤】 基本的な考えもあると思います。私は新しいことを始めたので、末木先生と最初お会いしたときに、私の中で活動に意味があると思っていても、客観的に見て、意味があるのかどうなのか?というところでご相談に行きました。
【末木】 はい、そういう話を最初にしました。
【伊藤】 自分がやってることは正しいのか?というところを、自己批判してかないと、発展していかないんです。自分でも色々な本などを調べても、インターネット相談はどうあるべきかなんていうことは書いてありませんでした。偶然ですが、末木先生が「インターネットは自殺を防げるか?」(金剛出版、2013年)を出版されたタイミングで私が活動を始めました。そのときに、自殺とインターネット相談について書いているのが末木先生しかいませんでした。「これは相談するしかない」と思いました。
【末木】 研究というのは、自己批判の繰り返しです。今まで積み上げてきたものの上に、さらに何を積み上げられるかということを考えた上で、新しいことをやって、報告をするというのが研究のベースとしてあります。そういう自己批判は、非常に研究に親和的というか、研究そのものですね。
【伊藤】 私は、継続的に切迫性のある自殺ハイリスクな相談者の方と関わっており、自分の関わり方によっては本当に亡くなる可能性もあるのではないか、ということを臨場感をもって感じていました。そういった状況の中、少しでもいいから援助技術を高めたい、高めなければいけないとも思ってました。そのためには、自己批判や研究という活動が必要になってくると思います。
OVAの今後の展望
【末木】 今後、支援活動としてやっていきたいことはどんなことでしょうか?
【伊藤】 色々あります。まずは、検索連動広告という自殺対策の分野で広がってきているものがあるのですが、それを他の領域でも広げて当たり前にしたいというのがあります。現在、自殺対策では当たり前になったんですが、他の色々な領域で、こうしたアプローチを当たり前にしたいと思っています。Googleの広告では非営利団体向けの無償枠がありますが、その無償広告を、例えば100団体が打ち始めたら、もっともっと多くの相談を必要としている人にリーチができるわけです。現在は、まだ支援のためのリソースがあるのに活用されてない状況にあります。
自殺というのは、様々な問題を抱えている状態から、段々と追い込まれていった末に起こってしまうものです。なので、追い込まれる過程のもっと上流、川上にいる人たちに向けて支援のための広告を他の団体にも打ってもらいたいと思っています。それが最終的には、自殺企図を考えるほど追い込まれる人への危機介入を減らすことにつながります。NPOというのは、現在2万団体くらいあるので、例えばその内の1000団体だけでも、広告を打ち始めたら、大きなインパクトを生み出せます。なので、この活動を他の領域に広げていきたいと思っています。
【末木】 自殺対策という意味では、ネットでウェブ検索連動で広告出して支援につなげてという活動は、もう当たり前で、逆にやっていないプラットフォームがないみたいなところまできています。他の問題では、なんでそれが広がっていないのでしょうか。
【伊藤】 自殺に関しては、大きな事件が断続的に起きているので、ある程度パターナリスティックな介入が許されているところはあると思います。あとは児童ポルノとか、性的搾取とか、そういうのはやりやすいですが、他の生活課題の領域はプラットフォーム側で連動して支援情報を強制的に出すほどは、できないかもしれません。なので、そうなってくると、広告の提示を民間でやっていけないといけないんですけど、民間になると今度はICTやマーケティングが分からない。そのあたりが原因だとは思っています。
【末木】 あとは、これも最初の話に繋がりますが、結局のところ、人を支援することを仕事にしたい人というのは、目の前の人の支援のことには一生懸命になれるけれど、その支援の場を作るまでの過程にはあまり注力しないのではないでしょうか。私の師匠にあたる指導教員は、常々、「個別の支援は大事だけれども、組織があって、支援できる場があっての個別の支援だから、そういうことを考えなきゃダメだよ」と言っていました。
【伊藤】 そういった教育をしていただくというのはとても大事なことだと思います。私も、末木先生と話をする中で、そういった発想がより強くなっているという側面もあります。2013年に事業を始めた頃は、私も個人への対人援助に集中していた時期でもあったんですが、そのときは自殺対策基本法とか、自殺総合対策大綱がどうとかといった話は一切していませんでした。段々とマクロに物事が見れるようになったという感じです。
【末木】 大学では、そういう人を育てるようにしていかないといけないんでしょうね。
【伊藤】 オンラインカウンセリングを行っているCotreeさんという団体がありますが、創業者の方はカウンセリングを行ってきた心理士さんじゃないんですよね。今のゲームの中にいる人は、ある種の新しいことや、新しいシステムは作りづらい。ゲームチェンジできる人というのは、若い人か、異端者、部外者だと思います。なので、新しい仕組みを作っていくためには、若い人か、業界の外の人にリソースを割いていかないといけないと思います。そして、業界の影響力のある先生方もそういったことの大切さを伝えていただきたい。
【末木】 そういった革命・革新というのは、業界のど真ん中から出てこないですよね。異端なものや、新しいものに触れられるような人を連れてきて、業界の中心とも繋いでいくというのが大事なんでしょうね。
本日は、貴重なお話をありがとうございました。いい話がいくつも聞けました。今回がインタビュー企画での初めての試みでしたが、実践家が抱える課題などを書く場というのがあまりない現状にあるので、誰かが書かないといけないなと改めて思いました。
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以下、前編へのリンクです。
■責任編集 末木 新(和光大学 教授)