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1-1. 実践家から見た自殺予防の課題①ーNPO法人OVA代表 伊藤次郎さんインタビュー前編

(特集 自殺予防実践の現場から見た、実践・研究・行政上の課題)
伊藤 次郎(NPO法人OVA 代表)
末木 新(和光大学 教授)
自殺予防マガジン "Join", No.1

自殺予防実践を行うNPO法人OVAを設立した伊藤次郎さんをお招きし、自殺対策の現状とその課題について、インタビューを行った内容をまとめました。なお、伊藤さんのプロフィールにつきましては、リンク先をご覧ください。

自殺予防のためのNPO運営上の問題点

【末木】 よろしくお願いします。本日、伊藤さん(NPO法人OVA)には、実践家/自殺予防に関わる組織の運営責任者という立場から、現状の課題や、今後の方向性などをお伺いたいと思っています。また、自殺予防の現場から見た時の行政上の課題などについてもお話ししていただきたいです。

【伊藤】 よろしくお願いします。まず、現状の課題についてです。末木先生もご存知だと思うんですが、お金が足りないというのがあります。NPOは、お金が足りない、人も足りない中で、自分自身を駆使するしかないという世界観です。そういったところから、ここ3年くらいでOVAの自殺予防実践の運営は、委託モデルでできるようになりました。委託モデルというのは、行政から(自殺予防事業に関する)委託を受けるものですから、委託費用として数百万円や、1,000万円を超えることもあります。それらをいくつか頂いた上で、それに併せて相談員を雇用することができるようになりました。そのため、以前と比較すると経営は安定しています。

しかし、それに伴って発生する問題として、次のことがあります。現状、NPOの財源に占める委託からの費用の割合は9割を超えてきています。助成金等が7~10%程度で、寄付金等は3%以下です。寄付の比率を上げるのはとても困難だと感じています。委託というのは、毎年毎年受けられるとは決まっていません。場合によっては、プロポーザル(入札)に参加して負けてしまう可能性があるわけです。例えば1億円くらいのNPOの規模で、3,000万円くらいの規模の委託もあります。その場合、委託事業が一つ抜けてしまうと一気に1/3の運営費が飛んでしまいます。そうなると、雇用が脅かされてしまいます。結局、委託モデルに財源が依存してしまうと、安定しているように見えて、不安定さもある。雇用の安定という部分だとまだちょっと弱いというのがあります。

それに伴って、人が足りないという問題があります。相談員がいないんじゃないんです。自殺対策に関わりたい人が見つからないんです。

【末木】 関わりたい人というのは?

【伊藤】 自殺対策を仕事にして、生涯という言い方はちょっと大袈裟かもしれませんが、これを職業としてやっていくんだという方を見つけられません。OVAもそうですが、事務局というのがあるわけです。この事務局に必要な人員が募集をかけても集まりません

【末木】 え、そうなんですか? ちなみに、事務局はどのような仕事をやっていらっしゃるんですか。

【伊藤】 事務局の仕事はですね、大きく分けると、行政とのやり取りと、経理や労務、総務等の仕事に分けられます。労務や経理というのはどこの会社さんでもやられていることなので、自殺対策事業とは関係ないじゃないですか。

【末木】 そうですね、直接は関係ないですね。

【伊藤】 自殺対策に関わりたいのに入ってみたら労務だ、経理だとなるとあまり関係無いわけですよね。なので、事務局に入りたいというモチベーションがあまりないわけです。一方で、相談員になりたい人はたくさんいます。相談員になりたい人はたくさんいて、ほとんどの方を採用できないくらい応募が来ます。ただ、事務局に入りたいって人は少ない。今、OVAの体制は代表理事が私で、副代表、事務局長はいない。8年そうです。ですので、自殺対策に取り組みたい、副代表や事務局長になりたい、と思ってくれる人がこの世にいるのか?とも時折思います(苦笑)

研究の世界でも同じような気がしますけど、自殺予防実践に関しても、「ずっとやっていきたいんだ!」みたいな志がある人がなかなかいない。1年、2年だけとりあえずやろうという人は管理職としては雇用しづらいのがあります。

【末木】 足りない「人」というのが、そっちなんだという感じはありましたね。あ、そこが足りないんだと。

【伊藤】 そうですね、事務局ベースの人が足りない。これは、自殺予防に限らずNPO全体の課題でもある気がします。さっき言ったような管理業務は社会課題と直接は関係ないのです。私はずっとひとりで2013年くらいから2016年くらいまで、会計のことなどの管理業務もほとんど一人でやっていたのですが、それらに特化してやりたいって人はなかなか見つからない。同じようなことをするのなら、もっと待遇の良い会社に入ったほうがいいんじゃないかとか、そういう話になってしまう。

【末木】 確かに、そこは普通の企業と変わらない仕事なわけで、それであれば給料が良い、待遇が良い方にってなってしまうということですよね。

【伊藤】 そうなりますね。ずっと企業にいたスキルのある人がNPOに来る場合、社会的課題に関わりたいというモチベーションがある。

【末木】 直接的にNPOに関わりたいという人は、その社会的な課題を解決したいということに、強い熱意を持っている人は多いです。しかし、そういった人が組織のためにはとても大事なんですけど、事務作業などの仕事をやるかというと、なかなか興味を持ってもらえないというジレンマがあると。

【伊藤】 例えば、事務局長を実際にやり始めたら、経理、労務だって話ばかりで、「自殺対策やりたかったんだけど・・・」みたいなことになりかねないわけです。ただ、そういった管理業務の仕事も、社会的課題を解決するためには必要な仕事です。私としては、本気で自殺対策に関わりたいという人がもっと出てきてほしいです。しかし、そういった方を今までみつけられなかったし、見つけるのもとても難しいという率直な感想を持っています。

【末木】 ロールモデルというか、「そういうふうにしてやっていけるんだぞ」というのが、世の中には知れ渡っていないような感覚があります。

【伊藤】 仰る通りだと思います。相談員に関しては、色々とロールモデルを提示しているので、詳細を説明できます。そのため、募集すればバンバン応募もいただけます。しかし、事務局のロールモデルというのはあまり示すことができていないというのはあるかもしれません。

【末木】 事務局もそうだと思いますし、OVAみたいな形で、「NPOとしてやっていけるんだ」というモデルが若い人に伝わっていくか、その部分に課題があるのかなと思います。

【伊藤】 ここ数年でSNS相談などが社会的に受け入れられるようになり、政策化しています。明らかに、職業として自殺対策に関わる人が増えてきています。以前は、自殺の電話ホットラインなどの支援者もボランティアでしたが、最近は委託事業で雇用などもできるようになっています。ここ5年、10年、20年で自殺対策の領域で専門性を高めたい、キャリアを積みたいといったことも可能になってきています。

【末木】 私も公認心理師の養成とかで、法律の話などを授業でしないといけなかったりします。学生には、法律を学ぶ意味が必要になり、知識がないといけない局面もあるよ、といった話をします。例えば、保健・医療分野の法律の話であれば、例えば入院についての法律的な知識ですね。こういう話は、学生もきちんと聞いてくれています。

しかし、法律と言えども、入院とか直接支援・相談業務に関わるようなものと、法人運営などに関わる部分と、というのがありますよね。自殺対策基本法があるからこそ、予算措置があり、委託事業があり、だからこそ、自殺予防に関する実践を行う法人の運営ができる、と。そういった法律に基づく社会構造というのは、なかなか学生に伝わらないです。心理の人であったとしても、いわゆる対人的な面接など、そういったことだけではなく、組織運営や、広く仕事を作っていくようなことに法律は関わっていくので、そういった意味で法律って大事なんだよ、お金って大事なんだよという話をするのですが、あまり伝わらないなというのがあります。

【伊藤】 伝わらないと思います…。私もソーシャルワーカーなので分かります。例えば、ソーシャルワーカーになりたい人たちというのは、基本的にそういった話にあまり関心がないように感じています。人の支援がしたいとか、困ってる人の手助けがしたいとか、それがベースでいいと思うんですけれども、それを取り巻く環境や、自分がどこにいるのかを俯瞰するのも必要です。そうしないと今の構造の中から出られないので、変えられないためです。今の枠組み以上に、さらに良い支援があるかもしれないわけですよね。あるいは、制度の狭間になってしまっている人がいるかもしれない。その人のためにどういったふうにしていけばよいのだろうということを考えると、必ず、マクロの壁にぶち当たるんですよね。

【末木】 困っている人の手助けをするための社会機能、制度とか法律とか組織とか、そういったものというのは本来は土台にあって、そこがないと面接も支援もできないんだよ、そういうことも考えていこうねみたいな話はしたりするんですけど、なかなかこうやっぱり伝えるのが難しいなって思う部分は正直ありますね。

【伊藤】 そういった発想をしていかないと困っている人に支援を届ける枠組みを増やせないわけです。NPOというのは現状の制度の狭間にある人に支援を届ける役割を担っているように思います。

【末木】 どういった人に働きかけていったり、関心を持ってもらうのがよいでしょうか。思うに、心理学やソーシャルワークを学ぶ人は、目の前の困っている人をまず何とかしたいと考える傾向が強いと思います。それは悪いことじゃないと思いが、枠組みを作るような話にも興味を持つ人がいないといけなくて、例えば、政治や経済に興味を持つような学生さんなどの前で、もっと自殺予防の話をしないといけないのではないでしょうか。

自殺予防に関する委託事業の問題点

【伊藤】 行政に関する細かい話をすると、自殺予防事業の委託契約にもいくつかのパターンがあります。まず、随意契約と言って、「あなたのとこでしかこの案件はできないので、契約します。」というような契約があります。

次に、一般競争入札(プロポーザル)と言われている方法があります。これは、挙手制なので、様々な人が競い合う方法です。しかし、入札には提案したお金が低いところが勝ち取る事があるため、委託され実践されている事業の「質」というよりも、ただ予算が低く提示できたところが取ってしまうこともありえます。

仮に、支援についてそこまで真剣に考えておらず、研究をしていないような会社が挙手し、OVAよりも低いコストで仕様に最低限合ったことができるとなると、どんどん取られていってしまう。実際に、検索連動広告事業については、広告代理店等に既に入札で勝てないことがあります。仕様書に目標が「1000回クリック」などで設定されていると、クリック数をあげるために恣意的に単価の低いワードを中心に運用すればよいとなります。ただ自殺予防的にそれが望ましい運用方法かというと、そうではありません。

相談事業のプロポーザルにも参加し始めてきている会社も出てきています。そういったところに、低いコストでできますよと言われると、実践や研究を重ねてきたNPOが勝てないことがある。その中で一番難しいなと思うのが… OVAは、インターネット相談で新しいことをやっています。心理士やソーシャルワーカーというのは、元々、労働環境として流動性があります。そのため、入れ代わり立ち代わりあっていいと思うんですけど、インターネット相談の場合、もともとやったことがある人がほとんどいないため、新しい人を雇用してある程度できるようになるためには一年、二年とかかるわけです。委託がとれず、予算がとれない、雇用を継続できず、相談員が1年で辞めるといったことになると、教育などにリソースをかけるだけかけて、貴重な人材が団体からいなくなることになります。自殺予防事業の入札方式もせめて総合的に質を見るような評価する形式にしていかないと、本当に本末転倒になりかねないと感じることがあります。

【末木】 プロポーザルには、仕様書があって、それを満たすところで最低価格の入札競争だと思うんですけれども、仕様書を満たすと言っても、相談の質というのが本来あるわけじゃないですか。インターネット相談のプロポーザルに、相談の質というのが入っていることってないんじゃないかと想像するんですが、どうでしょうか? 入れられなくないですか? 相談を何件くらいやるとかというのは、なんとなく分かるのですが。

【伊藤】 相談そのものの質は入れにくいですね。それを可視化するのが難しいため、研修の体制、とか、代表者の経歴や相談員が有資格者なのかとか、そういうのは書きますけど、それをもってして、相談支援の質の高低というのは、正直、委託している自治体の人にも判断が難しい場合もあるのではないと思います。

【末木】 そういうところも本来は見なきゃいけないですよね。仕様書の中に、事業の質が組み込めるようになっていれば、こういった問題は起きないわけです。一定の質が保たれた相談であれば、入札というのも成り立つのかもしれません。しかし、そういったものがなく、ただ単に、研修をどれくらいやっているか、何らかの資格を持ってる人がやっているかくらいで評価されて、その中で一番安い金額を提示する団体に決定すると言っても、それだと質が伴わない団体を選んでしまう可能性がありますよね。相談の「資格」というのは相談にのるための最低ラインであって、それが十分な質を保証しているわけではないわけですし・・・ 相談に関する委託事業であれば、そこでやっている相談事業の質の評価なくして、どちらが良いかみたいな話ができないと思うのですが。

【伊藤】 仰る通りです。どこの団体が相談者さんにとって、よりよい支援をしているのかを書面で評価するのは難しいです。

【末木】 それはそうですよね。実際の現場を評価してるのではないわけですから。

【伊藤】 EAPですと第三者機関があり、そこで精査されるような仕組みがあります。ただ、そういったものというのが、日本の自殺対策においては無いし、これまではありようがなかったです。ボランティアでやっている支援機関に第三者機関が入っていって、強制的に評価するわけにもいかなかったと思います。ただ状況が変わってきて、委託事業でやっていくというところになると、そういった第三者機関による事業の質の審査もあるといいのかなと思います。ただ、仮に国等のお墨付きがある認証制度を作っても、ある意味インターネット相談の評価方式が確立されていない状況なので、それがどれだけの担保になるのかは正直わかりません。

【末木】 どうやったらできるんですかね。それって行政上の課題とも繋がってきている話で、改善しないといけないところだと感じますね。

【伊藤】 審査している行政の人たちも自殺対策について専門的知識が十分にあるかというと、そうではないと考えられます。行政の課題にも関係しますが、自殺対策も含め、行政の人は3年くらいの周期で担当部署が変わってしまうんですよね。なので、行政の方が自殺対策について、専門性を高めることが難しい構造と言えます。

【末木】 そうですよね。行政の方は、多分長く同じとこでやっていると、例えば癒着などができてしまうので、人事上、回転するようにできている。しかし、そうすると、行政の方は専門的な力や知識を持った人が育たないから、評価できなくなる。自殺対策に限った話でもないのでしょうけど。

【伊藤】 そういう意味では、NPOの存在意義もあります。経営さえ上手く行けば職員はずっとそこに居続けられて、専門性を高めることができます。さらに、行政の方々よりは、実践だったり様々な経験ができる上に、人材も育っていくので、一定のNPOは社会に必要だと思います。

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以下、後編へのリンクです。


■責任編集 末木 新(和光大学 教授)

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