【導入部】妻子持ちの覚悟の転職へ

初めまして、Johnson&です

不定期で思いついた事つらつら書いていこうと思います。

まずはしょうもない経歴を
本当に見せるレベルでない平凡さですが‥

ただの嫁と2人の子供がいる普通の32歳です。

北陸出身で大学から京都へ
在学中は4年間の夏休みというレベルで
飲んで遊んでしてました。

当時就職氷河期真っ盛りで
上記のようなクソ大学生だったので
受かればそこにと受けた京都の印刷会社に入社

営業志望でしたが新卒は色んな経験をとの事で
東京の工場に配属、
その後に京都工場の立ち上げに携わり京都へ

よくある話ですが、訳のわからんオジサンが
同じチームに入ってきて、あまりの手抜きに
腹が立ち、少しキツめに上から詰めてしまいました。
実はその人が社長が入れたコンサルで
さらりと私は翌週から夜勤に回されてしまいました。

これが第一回目の転職のきっかけになりました。
3年も満たないくらいでした。

次は営業志望で未経験可能な京都の雑貨メーカーへ
営業志望だからといって人と話すのが大好き!
とかではなく、どこか営業マンのイメージが
「適当」「遊んでる」「ペコペコしてたらいい」
という印象を偏見として持ってしまってて
自分が実際やらないとその立場が理解できない
と思い、身を投じました。

結果7年いた訳ですが、
社外も勿論ですが社内営業のウエイトを感じました。
モノを売るという事は、まず良いモノ・サービスを
企画しなければならない。
となるとそこに資金を投入しなければならないが
売れなければ不良在庫となる。
残れば仕入部門の責任、売れないと企画部門の責任
売って来ない営業部門の責任となる。

人間だものかわからないですが、
誰かのせいにしたがってしまいます。
社内は責任転嫁ラッシュでした。

すると自然と言われた事だけやる。
無理しないという考えの人が増えていました。
プラス京都の人間性なのか目立った行動をすると、
輪をかけて陰で叩くという人が多く、
実際仕事もキレキレの改善意識も高い尊敬してた人達も
集団的に批判され、何人も退職していきました。

それを見ていると改善する為には、
社内営業をして絶対的な信頼を得る事が
この会社では必須だと感じ、
言われる前に行動する事等ここで誰もしないような事を
積極的にやるようになりました。

ぶら下がり気味な人からは「そんな頑張らなくていい」等
言われましたが、「そうですねー」くらいで返すという
作業も無心でしてしまってました。

それでも全員がやる気がない訳ではなく、
モチベーションが高くても表に出さないタイプの人は
数名(2,30代に多い)いてその人達はフォローして
くれていました。

映画「300」じゃないですが、フォロワーを認知した段階で
尊敬する上司と社長交代式典の企画をしました。
同族企業で一代で大きくなった会社の社長はすでに70オーバー
後継ぎを作らないと、もし病気で…を考えると
社員の雇用や銀行の信頼性など不安要素しかなく
管理職にはアテにならないので、僕らで立案と企画をしました。

といったところで少し長くなりましたので、
一旦切ります。

次回「ただの営業マンが社長を変える編」でお送りします。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

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