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ネス湖の彼方への旅 #音楽で旅に出よう

 パイプとハープ。ハイランド・パイプとクラルサッハ。ネス湖にはやはりネッシーがいてほしいですけど、ハイランド・パイプよりはクラルサッハの方を好むのではないか。というのはまったくの想像ですが、ネッシーは案外、繊細な神経の持ち主だろうと思います。なにせ、あんなに恥ずかしがり屋なわけですし。

 松岡さんはそのクラルサッハ、つまりハープになぜか惹かれ、スコットランドの音大に留学までされました。これは学ばれた成果を存分に発揮したデビュー作です。デビュー作であることを感じさせない大胆さには、正直、初めて聴いた時、意表を突かれました。これが皆スコットランドの音楽敎育の成果であるならば、彼の地の敎育システム恐るべしと言わねばなりますまい。とはいえ、おそらくそれだけではなく、そのシステムと松岡さんの資質との幸せな共鳴の実りではないか、とも思えます。

 大胆さはまずサックスの導入に現れますが、爆発しているのは[07] Antagata Dokosa variations。ご存知の毬つき唄「あんたがたどこさ」のメロディを六つの変奏に展開します。わが国の伝統音楽、わらべ唄をケルト風味でアレンジすることは稀ではありませんが、ここまで徹底しているのは珍しい。

 I ハイランド・パイプの装飾音を入れて
 Ⅱ 沖縄音階
 Ⅲ ジグにのせて
 Ⅳ ストラスペイにのせて
 Ⅴ トンコリの音色を借りて
 Ⅵ リールにのせて

 アイルランドのイリン・パイプと同様、スコットランドでも基準楽器はハイランド・パイプです。他の楽器はパイプの装飾音をエミュレートしようとします。それはまたスコットランド音楽の特徴が最も良く出ているものでもあります。ストラスペイはスコットランド音楽のもう一つの特徴で、ダンスのビートです。片手を上に伸ばし、弾むように踊るスコティッシュ・ダンス用です。スロー・エア、ストラスペイ、リールと連ねるのはスコットランド音楽の黄金の定番。なお、右手のメロディだけでなく、左手のベースもやはり大胆にとても面白いことをやっています。

 余談ですがこのメドレーで筆者が最も感銘を受けたのはトンコリの音色を取り入れた変奏。トンコリはハープよりもカンテレの仲間に近いと思いますが、時空を超えたつながりを感じます。

 大胆さはそれだけでは粗雑に流れがち。繊細な配慮が底にあってこそ光を放ちます。その緻密、繊細な気配りが最もよく聴けるのがラストの子守唄。「青い目の人形」と「ゆりかごの歌」と "The Fidgety Barin" を溶けあわせて1つの曲に仕立てています。三つめはスコットランドの子守唄ですが、明治以来わが国でも唄われて、ぼくらにも馴染のあるもの。こうして合わさるとあらためてエキゾティズムを感じます。ちなみにここでギターを弾いているのは名前からするとインド系かと思われる人ですが、なかなかに斬新でちょっと不思議な響きを聴かせます。

 言うまでもなく、クラルサッハ本来のレパートリィやソロでの演奏は第一級。師匠の Corrina Hewat と並べても優るとも劣りません。

 このアルバムを繰返し聴くうちに、いつもこれだけは最後にもう一度、時にはこの曲だけ、寝る前に聴くようになったのが[03] Bedtime Stories。幼ない頃、寝しなに枕許で絵本を読んでくれたご母堂の思い出を曲にした松岡さんのオリジナル。途中からドローンで静かに入ってくるフィドルがたまりません。

 このフィドル、サックス、二人のダブル・ベース、上記ギター、そしてヴォーカルのサポート陣も腕がたつのはもちろん、松岡さんとの息もよく合っていますし、それ以上にこういう人たちをまとめてゆくプロデューサーとしての松岡さんの器も大きい。録音が優秀なことも特筆で、ぜひ、できるかぎり良い音質で、良い再生装置で聴いてください。

 これを聴かせれば、ネッシー君も浮かれて、うっとりしてうっかり姿を現すのではないか。そう思える音楽を聴いていると、ネス湖の彼方に広がるハイランドに雲に乗って運ばれるようでもあります。

*クラルサッハ:スコットランドの人たちは小型のケルティック・ハープをこう呼ぶ。
*ハイランド:南端をクライド湾に置いてネス湖と平行に引いた線で分けたスコットランドの北西部。南東ロゥランドの英語圏に対してゲール語圏で、独自の音楽伝統が濃い。
*トンコリ:アイヌに伝わる伝統的な弦楽器
*Corrina Hewat:ユニークかつ革新的なスコットランドの歌手、ハープ奏者、作曲家。エディンバラで生まれハイランドで育つ。

著者情報
おおしまゆたか
 アイルランドはじめヨーロッパの伝統音楽をこよなく愛する翻訳家。著書に『アイルランド音楽:碧の島から世界へ』(アルテスパブリッシング)。訳書にフォイ『アイリッシュミュージックセッションガイド』(アルテスパブリッシング)、ロビンソン『レッド・マーズ』『グリーン・マーズ』『ブルー・マーズ』、ホーガン『仮想空間計画』(以上東京創元社)、ド・ボダール『茶匠と探偵』、ビショップ『時の他に敵なし』(以上竹書房)など多数。
クラン・コラ・ブログ(アイルランド音楽の森)

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下記ウェブサイトで A-I のアルバムが視聴できます。

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