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プーリア州、ホームレストラン、9日間。 (イタリア滞在160日目〜168日目)

イタリアの最東端、プーリア州のフリゴレで9日間、Wwoof体験をしてきました。あっという間の9日間。ほんっとーに素敵なことばかりで、いつものように時系列に書くのが勿体ないので今回はエピソード別にまとめてみたいと思います。

ブログ、継続して読んでくれる方がいる一方で「ここから先は2000円ww」といじられることが悔しいので今回だけは途中から100円にします!

各エピソードとは別に、いつものように時系列順でもまとめてみるので、常連の方々はそちらもお楽しみください。大事なのは日々感じることだと思うのよ。エッセィってどうしても抽象化・美化されてしまうから。

それではそれでは。Buon Viaggio!

ウーフ - Wwoof

検索画面。日時と条件を指定できる。条件はフリーワードはもちろん、地域や子どもや動物の可否、寝床の詳細、菜食主義者かビーガンか、扱っている食材や生産しているもの、会話に使用する言語など様々な内容を指定できる。僕はNGとなる要件が少ないので逆に困った。

Wwoofをご存知ですか?読みはウーフ。「友達が友達を助け合うしくみ. お金のやりとりなしで、『食事・宿泊場所』と『力』そして『知識・経験』を交換」と日本版のホームページにはあります。

そう、ウーフは各国でそのサービスの様相を微妙に変えます。僕は今回初めてサービスを使ったので詳細は存じ上げませんが、その存在は以前から知っていました。多少の興味はあったのですが参加するだけの決定打がなかった。

ホームページにはまた「参加者は、WWOOFジャパンのウェブサイトを通し、日常では出会えなかった人と友達になり、その関係性を深め、オーガニック生活を学び、新しい知見を得て、価値観の多様性に触れ、自分を向上させていきます。家族のような気持ちで、何をしたら相手が喜んでくれるか、お互いが念頭に置きながら一緒に短い間生活します」とも書いてあります

事前に日本版のウェブサイトをしっかりと読み込んでいなかったのですが、僕が今回のウーフで体験したのはまさにここに書かれている通りのこと。南イタリアの田舎、女1人、子ども3人、仲良しなご近所さん、共同体、火と暖炉、キャンピングカー、ペットと家畜。心に残ることは数多くあるのですが、今まで出会わなかったような人たちと、これまで過ごしたことがないような時間を、そして温かい関係性を、家族の一員のように過ごす幸運に恵まれて幸せだった。

話が少し逸れてしまいました。ウーフとは前述したように金銭のやり取りなしに食と住と労働力を交換するサービスです。

イタリア版では会員登録時に35ユーロを支払う必要があります。これは運営費でもあり、保険費用。ウーフでは主に農作業に従事することが想定されていますが、その際に怪我をする恐れがあるので保険への加入が義務付けられています。僕は一時期に滞在先を失う予定があったので「それならば」とウーフに応募したのですが、最初にお金を払うのは正直痛かった。

ウーフを使う場合は自分でホストを探し、連絡・交渉して滞在時期を決める流れになるのですが、、金銭を介さない分、良くも悪くもお互いがお互いの要求を言い合うことができるので、自分の望む滞在日程になるとも限りません。

イタリア版で登録されているホストの数は700超。そんな数のホストを一つ一つ見ていられないので最初は「Agricoltura biodinamica(生物力学的農業)」という人や環境に優しそうなホストでフィルタして65のホストを一つ一つ見て、興味の湧くところに連絡しました。

結果的に最東端であり、バッチバチの南イタリアであるプーリアに決まったのですが、決まるまでに2,3日かかりました。早い方だと思うけれど、ヤキモキとすることもいくらかありました。

まず、1日に遅れるメッセージが10人のホストに限られていること。イタリアで経験した数々の失敗談により「打てる球はなるたけ早く打て」の精神で65のホストからDMをバシバシ送っていたのですが、10人を超えたところで制限がかかったんです。

これ、サービスの秩序を保つにはとても合理的なやり方。コピペで連絡する利用者を牽制するためのものです。実際、僕も自制や細かい内容は修正したものの、ほぼコピペで送っていたので怒られたのは仕方ない。ウーフ側としては各ホストに合わせたメッセージを利用者には送ってほしいからそのような仕様にしているらしいのですが、そういった大事なことは最初に教えてくれという気持ちでした。

カレンダー機能。滞在できる日は黒色で、他のゲストの滞在が予定されている日はオレンジ、滞在を受け入れていない日は赤で表示されている。「赤」にされていればだいぶマシな方。説明書きにも書いてあるけれど、これは実験的な機能。イタリア人がこの手のスケジューラーをきちんと使いこなすわけがない。

ホスト - Mini fattoria zen0

サービスを使ってみてわかったけれど、ホストの誰しもがマメに返事をくれるわけじゃない。ウーフは助け合う仕組みであって、金銭を介するビジネスではない。スケジュールは空いていても別の日に来てくれとか、返事がないとか、カレンダーではOKでも実際は閉まっていたりとか、コミュニケーションがうまくいかないとか、細かい悩みをいくつか経て。最もレンスポンスよくトントン拍子で話が進んだのがAntonellaのMini fattoria zen0。

 ホストのAntonellaはzen0というイタリア料理店をFrigoleでやっていたのですが、コロナを契機に店を閉め、今は不定期のホームレストランやテイクアウトの料理を作って届けたりしています。「fattoria」の意味は農場。「zen0」はゼンゼロと読みます。生姜。写真の子どもは次男のLorenzo。5年以上前の写真かな。

ホストの説明文をざっくり訳すと、

こんにちは!ここは自給自足の生活と大地、ホームレストランの付きの私の小さな農場、犬と猫とニワトリ、男の子2人と2歳の女の子とのつながりを保つために生まれました。

日々の活動は、菜園への種まきや収穫、ジャム作りや調理、オリーブの収穫と有機エキストラバージンオリーブオイルの生産です。パン、フリーゼ、フォカッチャ、ピザ。動物と、まだ幼いララのお世話も。

会社ではないので、時間の使い方や朝食、その日の予定は流動的。その日にやらなければいけないことを済まし、昼食を食べ、その後の自由時間は街や海でワイン仲間と過ごします。

私が提案する活動は実のところ私の趣味です。趣味を仕事にすれば、働く必要なんてありません!! えへへ…それが私のモットー! 私にとって料理は最も大事なことですが、それとは別に様々なことことも行っています。私たちは頻繁に近所のみんなとパーティ、イベント、ピザの会をします。ホームレストランのため、あるいはただ単に楽しみのために。野生のハーブがどれか、そしてそれらをどう調理するか、そしてレッチェストーンの見つけ方を教えることができます。ここは森や平野、海に囲まれるという幸運な土地で、静かにツーリングを楽しむこともできます。サレントとは、各地域や文化の中からすべてを見つけることができるところです。

*フリーゼ(frise):揚げパン
*レッチェストーン:中新世時代にさかのぼるマルリーカルカレナイトのグループに属する石灰岩

初めてこの文章を読んだ時、すごく独特だと感じました。これほど自由で、楽しげで、存在しなさそうな場所は他にはなかった。

行く前はGoogle翻訳を使ってざっくりとした理解で向かったけれど、実際に経験したことはまさにここに書かれている通り。朝起きて、挨拶して、カフェを飲んで、朝食を準備し、子ども達を見送り、ララの面倒をみて、仕事して、お昼を食べて、仕事したり、海へ行ったり、歩いたり、パーティーをしたり、お喋りをしたり。

レッチェストーンの見つけ方だけ教えてもらってないかな。

なんでもそうだけれど、書いてあることと実際に体験することって必ず乖離があるじゃないですか。僕は書いてあること、言葉にされたことを丸呑みしてしまう性格なのでその手の誤解がすごく多い。「そんな場所存在するの?」と訝しむ気持ちがありつつも「ま、行ってみるか」の精神でフィレンツェからフラッチャロッサで8時間。

(ここに写真)

道中退屈するかと思いきや、道中の景色が綺麗でとても楽しめました。

お家から門への景色。両側にはオリーブの木と畑。日が出ている時間帯は犬と猫がのんびりしている。
プーリアのオリーブの木は大きい。南部では樹齢3000年のオリーブの木がある。トスカーナのとは比較にならない。
寝床はキャンピングカー。イタリア語だとcamper. ウーフでフィルタリングする時「寝室がある」で検索したつもりだったのだけどメッセージしている時に「寝る場所はキャンピングカーだけど大丈夫?」と来てちょっとビビった。キャンピングカーでは4日間だけ寝て、それ以外の日は子供部屋やリビングのソファーで寝ました。
ランチやディナーはいつも多めに作られる。「残すの勿体ない!」と内心憤っていたけれど、次の日の朝に鶏の餌になると知って偉大さを感じた。一つも無駄にならない。残された美味しい残飯は鶏にとってはご褒美なのだ。朝6時には鶏が鳴き出すのだけど、最初はそうとは知らず朝から叩き起こされた。
ニワトリは卵を産み、その卵を使って料理をする。すべてが循環しているのだ。
庭にはハーブが咲いている。これはサルビア。セージ。とある日のホームレストラン営業真っ最中に「サルビアの場所覚えてる?十分な量とってきて!」と言われた時のもの。「十分な量(Abbastanza)って何よ」と思いつつ、3房もぎってきました。ちゃんとAbbastanzaだった。
Antonellaがレオーネに5ユーロ握らせて僕にご馳走してくれたRustico。トマト、モッツァレラをパイ生地で包んだLecce、サレルノのB級グルメ。僕的には美味しかったけれどレオーネ的にはちょっと重ためなそうな。
ディナー。ほぼ必ずデイリーワインが出てくる。僕はワインを飲むと翌日クマができてしまうのだけれど、9日間の滞在でほぼ毎日飲んでたからクマ放題でした。
同じく4日目の夜。近所の友達の家で焚き火とワイン。次の日はホームレストランをお昼からやるのだけど、それはそれとして前日にお酒とおしゃべりを楽しむのがなんとも南イタリアです。左にいるのがリーノ。右にいるのがホストのAntonella.
2日目の日中に山ほど洗った。「水を3回変えてね」と言われたのだけど泥が全然落ちなくて4回洗った。これはオリーブと和えたもの。オリーブはレッチェーノ種。病気に強い品種で、ここの農園ではこれだけ育てている。
1日目の夜に出てきたお手製トマトパテ。めちゃ美味しくて初日からビビった。
Pomodori secchi、乾燥したトマトとイタリアンパセリ、ケイパー、オレガノで作る。塩はなし。
トマトパテの塩分濃度は高くて。でも美味しい。「なぜだろう?」と不思議だったのだけど地元のメルカートで味見させてもらって理解した。日本で食べていたものよりもずっと塩分が強い。「調理で塩分を加えるときは塩そのものではなく食材に馴染んでいる塩分の方が美味しくなる」と聞いたことがあるけれど、まさにこれだと思う。
同じく1日目夜に出てきた野草の料理。名前忘れちゃった。ムンニョリだったかな。
木曜夜はピザの日。都合が合えばご近所さんとピザを食べに行く。この日は2種類のピザを買って持ってききてくれました。これが好きだった。きのことイタリアンパセリ。
ホームパーティーと同時開催で「野草を探す会」もあった。朝に近所歩いて回ってどの野草が食べられるかを教えてくれた。ピント外れてるけれど野生アスパラガス(asparago servatico)。日本にいた時からずっと気になっていた食材。この日は全然見つけられなかったのだけど、
別の日に庭を探していたらたくさん見つけられました。野草全てに共通するけれど、苦みが強く、アスパラらしい甘味は少ない。
だからこそフリッタータにすると苦みが程よいアクセントになる。塩を適量加えると苦みを抑えることにもつながるのでバランスも取れる。
プーリアを離れる1日前。プーリアの観光名所であるCave of Poetry (Grotta della Poesia)へ連れてきてもらいました。
これはサフランの花。一緒に滞在していたインド人が「これは何の花?」と聞いたら「サフラン(zafferano)よ」とさらっと答えるから狼狽えちゃったよ。香りを嗅いだら確かにサフランの香り。

オーブン - Forno

Antonella一家との生活は初日から驚かされっぱなしだったのだけど、幾つかある思い出のうち印象に残っているのがオーブン。機械で動くやつではなく暖炉の方。

初日に焼いてくれた鶏肉。「普段は食べないのよ」と特別に作ってくれた。実際、その後の食事でお肉主体の物はほとんどなかった。レストランに行くとメニューには必ずSecondoがあるけれど、イタリアではSecondoは必須のものではなく特別な時に食べるもの。お腹いっぱいにするプリモが主食である、というのを肌で感じた。
縦型でお肉を焼いているのを初めて見たので「この調理器具は何?」と尋ねたら「グリーリア(griglia, グリル)だよ」って教えてくれた。それはわかる笑 本来は横にして使うものだけれど縦にすると煙臭くならないんだって。調理ハック。

電気やガスで動くオーブンが3つあり、それとは別に、家とラボラトーリオのそれぞれに薪で燃やすオーブンがある。僕が滞在させてもらったのは3月で、気温はだいぶ上がっているものの朝と夜は少し冷える。いつもより寒い日、雨の日、人が集まった時には暖炉に火が灯された。

土曜日の焚き火を囲む回。冬だけかもしれない。アントネッラの家でも、ここの庭でも、剪定したオリーブの木などを使う。周辺の人の家にはどこにも暖炉があるのか、家主以外も思い思いに枝を放り込む。ここら辺はテントサウナイベントでも通ずるところがありますね。日本って変に自動化されすぎてこの手のノウハウが万人に行き渡っていないことを密かに憂いています。言うても僕もそれほどわからないけど。
こちらがラボラトーリオのオーブン。家の中のオーブンでも外のオーブンでもキッチンペーパーに火をつけて早足で駆けてくる。日本人的には「おいおい」と思うけれど、ヨーロッパの床って燃えない素材だから万が一落としたとしても大事にならない。チャッカマンは当然ない。焚き付けには古紙と細い枝を使う。
日の勢いが強くなったタイミングで太い枝を入れます。ここら辺はどこでもやり方同じですね。日曜日のホームパーティーの時に焚き付けをしたのですが、翌日喉がケホケホになってしまいました。テントサウナの火入れを思い出すぜ。

上の写真はアントネッラのウーフページのカバー画像になりました。ホストのアントネッラはコンピューターなどの機械には弱く、ウーフページの写真が初期画像のままだったんです。概要が掴めず僕自身困った経緯もあり「写真変えない?」と持ちかけたところ「変え方がわからない」と言っていたのでちょちょいと直しました。今掲載されている画像の8割は僕が撮った物。料理人って機械に弱いイメージが僕の中で着々と蓄積されています。

話が逸れちゃった。「カバー画像何にする?」と尋ねたところ「フォルノ」と即答。彼女にとってオーブンはある種の象徴のようです。「フォルノー?」と最初僕も乗り気ではなかったのですが、一度設定してみるとなんだか馴染んでしまいました。

暖をとったり料理に使うのはもちろん、フォルノは生活の隅々にまで結びついています。イタリアではナプキンのことをトバリオロと呼ぶのですが、食事時には各自に紙ナプキン(という体のキッチンペーパー)が配られます。使い終わったトバリオロは暖炉に投げ捨てられ、ゴミではなく灰になります。雨の日に靴が濡れると暖炉の前で乾かします。後者はストーブのある北海道でも同じでしたが、日本の暖炉って蓋があるので気軽にものを投げ入れられない。当然、火の様子も見られません。これは個人的な好みだけれど、火を眺めるのはまるで飽きない。

ラボラトーリオ - Laboratorio

ラボラトーリア(laboratoria)。作業場所。お家とは別に大きなキッチン、ピザ窯がある。

アントネッラの家には「ラボラトーリオ」と呼ばれる外部のキッチンがあります。アントネッラの友達の家にも何度かお邪魔しましたが、複数のキッチンがある家はまだしも、ここまで本格的なキッチンは他では見たことがありません。

僕自身料理に興味があるため、常日頃からキッチンを見つけると凝視するようにしているのですが(火の口は何口?オーブンはある?作業場所の大きさは?などなど)、個人でここまでのものは見たことがありません。ピザ窯、こね機、パスタマシン、オーブン、業務用冷蔵庫、屋外トイレ。そこには料理に必要となる道具のほぼ全てがありました。かつてイタリアの一般的なアパートにはまな板もフライパンもないと知り愕然とした僕がひと目で歓喜するほど、そこには思い描いていた器具が揃っていたのです。

ラボラトーリオに感動した僕は思わず「料理手伝わせてほしい」と彼女に告げると「もちろんやってもらうわよ」と。実際に最初の週末のホームパーティでは45名分の揚げ物を作りました。前日は丸一日仕込み。

アントネッラはホームパーティ以外にも個人向けに料理を作り届けています。野菜の下処理や調理の手伝い、その後の後片付け。ラボラトーリオに入らない日はなく、またマンマであり料理人でもあるアントネッラにとってとても大事な場所なのだと感じました。

日曜日のホームパーティーに向けてピザ生地とパン生地を作る。こね機。ピザとパンの違いは一次発酵か二次発酵かの違いで原料は同じ。
小麦粉は4.5kg。Farina Tipo 1, Tipo 1, Tipo 2, セモリナ粉。乾燥した酵母(Lievito secco)をスプーン一杯、10g。2.5Lの水をゆっくり入れる。塩は3.5g。小麦粉はTipo 1 や Tipo 2 を使った方がいいと言っていた。生地の様子を見つつ水は足していた。
イタリアには2種類のゼッポレがあって、これは甘い方の失敗作。バターをたっぷり使ったパイ生地にクリームを乗せるのが正しい作り方なんだけど、外野が色々とアドバイスした結果トマトとチーズが乗っかってピザさながらの"Ze"Pizzaになってしまった笑
アントネッラはなんでも作る。これはホームパーティが開催されていたFesta del papàの日に誕生日を迎えるお父さんへ向けたケーキの下地、パンデスパーニャ(pan di spagna)。スポンジ生地。「どっかで聞いたことあるな〜」と思っていたけれど日本で一度試しに作ったことがありました。美味しいよ。
パスタマシン。既に亡くなってしまったお兄さんから譲り受けたもの。プーリア最後の夜に僕は人生で初めて一からラーメンを作ったのですが、このパスタマシンがなきゃ生地は作れなかった。
ピザ窯の隣には大理石の作業スペースがあり、そこでピザ生地を伸ばす。「日本でピザ生地の伸ばし方学んだもんね!」と素手で挑戦したけれどうまく伸ばせなかった。やっぱり生地の感覚はお家ごとに違うよね。僕の打ったピザ生地とも違った。ここら辺は慣れかな。
ホームパーティーではこの場所でたくさんのピットゥレを揚げました。アントネッラやその友達にとても褒められた。「あなたなしじゃ今日の営業は終えられなかったわ」とこの日を境にとっても気に入ってもらえて。その日の夜に「ヒロシがピットゥレを揚げたのよ」と何度もみんなに話してくれた。奥に見えるのはアーティチョークのフリット。

家族 - Ragazzi, bambina e animaletto

Cave of Poetry (Grotta della Poesia)にて

これまでの章でアントネッラが僕に与えてくれたもの、ホスピタリティについてはある程度言及できたと思う。でもそれ以上に驚かされたのが子どもたちの礼儀正しさ。

アントネッラの家には3人の子どもと動物たちがいる。長男のレオーネ、次男のロレンツォ、長女のララ。犬のローラ、女の子。猫のローキ(猫はもう1匹いるのだけど名前を知らない)。鶏たち。

レオーネは13歳で食べることが大好き。食後にデザートが出てきた時にレオーネが「ちょっと味見しよう(Vorrei assagiare)」と独り言を言った時に「味見?それとも食べたいの?(Assagiare o mangare?)」と合わせたら「食べる方(Mangiare)」と返すくらい。食事時の前にも食べ物をつまんでいたりする。アントネッラのご飯が美味しいのが悪い笑

ロレンツォは10歳でララの面倒をよく見る。ララはまだ幼くすぐ泣いたり我儘を言ったりするのだけれど、そんな時はすぐにロレンツォが駆けつける。なだめ方も上手い。レオーネよりも年が近いのもあり親近感があるのだと思う。ロレンツォが奔走している時、レオーネはのんびりしている。

こんなエピソードがある。
土曜日はパンケーキの日で、その日はロレンツォが朝食、すなわちパンケーキを用意する。土曜日ゆえアントネッラによる子どもたちの送迎がないこともありのんびり寝ていた僕を待って二人ともご飯を食べていなかったんです。すっかり冷めてしまったパンケーキを一緒に食べました。

「どうして先に食べなかったの?」と尋ねると、
「ヒロシを待っていたんだよ」との返ってくる。

「10歳ってこんなに礼儀正しいの?!」と、とても驚きました。料理をかじる僕としては温かいうちにご飯は食べてほしいのですが、寝坊した身分でそんなことは言えません。レオーネもロレンツォも、もちろんアントネッラも全く機嫌を損ねることなくその日も一日が始まりました。

2日目の夜。長男で13歳の男の子のレオーネとLecceの街をお散歩。Lecceはこの辺りでは一番大きな街。中心には旧市街がある。フレッチャロッサも通っている。「イタリアでは子どもは一人では外出できない」と聞いていたのだけどレオーネは10歳の頃からよく散歩しているらしく、案内してくれた。風の強い日で、どこもお店を閉じてたけれど笑。レオーネがすごく流暢に説明するからウーフ利用者にいつも説明しているかと思いきや、人に説明するのは初めてらしい。
アントネッラがレオーネに5ユーロ握らせてレッチェのバールで僕にご馳走してくれたルスティコ(Rustico)。トマト、モッツァレラをパイ生地で包んだサレルノのB級グルメ。僕的には美味しかったけれどレオーネ的にはちょっと重ためなそうな。

レオーネとロレンツォは朝8時頃に家を出て14時頃に帰ってきます。イタリアでは「おはよう」も「おかえりなさい」も全部Buongiorno。帰ってきたら、「Hiroshi, Ciao, Buongiorno」と礼儀正しく挨拶してくれる。

一般的に、イタリアの挨拶はBuongiorno(ブォンジョルノ), Buonasera(ブォナセーラ)の2つなのですが、いつでもどこでも使えるのがCiao(チャオ)。もっと砕けた表現になるとSalve(サルベ)。イタリアで生活をしているとCiaoを耳にするのが最も多いのですが、毎朝きちんとBuongiornoと挨拶してくれる2人にはジェントルさを感じずにはいられません。

とある日の夜にアントネッラの車に乗っている時に「ギリシャ料理を食べに行こう」と突然言い出した。「今日?!」と驚くと「ギリシャ料理好きじゃない?」と尋ねられる。誘われたレストランを行かないという選択肢は僕にはありません。もちろん快諾。

アントネッラ、レオーネ、ロレンツォと4人でディナーにギリシャ料理。

それぞれがプリモを頼んで、アントネッラがお店のオーナーと話し込んでいる間(オーナーは椅子に座っておしゃべりに興じている)、残った3人で喋っていました。たまたま彼らの父親の故郷が僕の住むアパートと同じで地元トークを洒落込んでいるときに「これまでたくさんのウーフがいたけれどヒロシが一番ナイスだよ」「いなくなっちゃうのは寂しいよ」と伝えてくれました。えもいぜ。

ララは2歳。滞在中僕が最も面倒を見たのがララ。アントネッラがレオーネを学校へ送迎したり、作った料理を友達に届けている時によく二人だけになりました。

ララは退屈を好みません。家の中を駆け回り、落ちているものを投げ捨てます。一歩外に出ると敷地の中を目一杯歩き回ります。猫のラーキを持ち上げたり、犬のローラと戯れたり。鶏小屋へ入り、卵を温めている鶏にちょっかいを出したり。

個人的に面白かったのは、庭に生えている草をちぎって味見していたこと。日本だと食べられる雑草というのは少ない(?)ですが、イタリアには野生のハーブや食べられる植物がそこかしこにあります。死ってか知らずか、ララはそれを自然と試しているのです。料理に興味を持つ者として見習わなきゃいけないなと認識を改めて僕も雑草を見ると味見したりしています。

とある日の夕方。犬と一緒にいるのはララ。2歳の女の子。犬はローラ。6歳だったかな。女の子。ホストのAntonellaが不在で面倒を見ている時に来客があって、門を開けたら犬が外に逃げ出しちゃった。ララを置いていくわけにも行かないから連れ出したらローラがどこまでも遠くに行ってしまう。Antonellaの家はFrigoleからすぐ近くのど田舎にある。家の周囲の地理をわかっていない時分だったから「帰れなくなったらどうしよう、、、」と不安な気持ちいっぱいで「ララ、ローラ、帰るよ!」と頑張って宥めてた。
犬のローラ。体の内側を触ってもらうのが大好き。僕が撫でてくれる人間だとわかると、いそいそと歩いてきてこのように寝転がります。可愛い。
左がローキ。石の床が冷たいのか、猫たちは扉の前で日向ぼっこをしていた。

ご近所さん - Vicini

4日目、土曜日のランチ。イタリア的にはプランツォ。晴れている日はお外で食べます。なんともイタリア。

アントネッラのお家には毎日のようにお友達が来ます。近くの(と言っても300mは離れている)ご近所さんが歩いてきてちょっと立ち話をしたり。ラボラトーリオで作っている料理を味見しに来たり。

プーリアに初めて降り立った日の夕方、アントネッラのお家を訪ねると、女性が二人もいる。事前の情報でお子さんがいることは知っていたけれど、「この人たち、誰!」という戸惑いでいっぱいでした。お家の扉を開けてくれたのも彼女たちで、まるで自分の家のよう。

家に着いた時に振る舞ってくれたケーキ。お皿もナイフもケーキもアントネッラではなくお友達が用意してくれた。
箱いっぱいのカルチョーフィ(アーティチョーク)を下処理をしているとアントネッラの友達がやってきて作業を手伝ってくれた。
木曜夜はピザの日。都合が合えばご近所さんとピザを食べに行く。この日は2種類のピザを買って持ってききてくれました。これが好きだった。きのことイタリアンパセリ。
日曜日のランチパーティで揚げ物を作っているとアントネッラの友人がやってきてつまみ食い。よくできていると褒めてもらえました。
日曜日のランチパーティのアフター。夜はお友達を囲んで賑やかな時間。髭の男性がリーノ。右隣がジャンニ。
火曜日の朝はマリーザのキッチンへ。その日の朝はレモンのマルメラータを仕込んだらしく、アントネッラにお裾分けしていた。
70年前のバスを改装したキャンピングカー。

ホームパーティー - Festa del papà

日曜日のプランツォ。

アントネッラは元料理人。コロナ以前はレッチェで店をやっていたそうです。子育てもあり、現在はお家でたまにホームパーティを開いています。この日の来場者は45人。

15ユーロでアンティパスト、プリモ、水、パン、コーヒーが付いてきます。アンティパストはフリットのピットゥレ(pittule)と野生の野菜を使ったパイ。プリモはピザかコッツェ・エ・パターテ(cozze e patate)のいずれかを選べ ます。

ベジタリアン、ビーガン向けの配慮が必ずあって、アンティパストはアーティチョークのフリットを、プリモは豆のスープを選べるようになっていました。

ホームレストランがあると聞いていたけれどウーフのページには写真がなかったのでどんなものか勢ぜんに全く想像できず。行ってみて、体験してみて驚きの連続。土曜日は一日仕込み、日曜日は主に揚げ物を担当しました。厨房に立てるとは思っておらず。めちゃくちゃ楽しかった。

その日に誕生日を迎えるパパがいたのか、途中イタリア語のハッピーバースデーを聞いたりと、イタリアらしい、田舎らしい時間を目の当たりにできてとっても興味深かった。

アンティパストの一つ。パパヴェーロ(papavelo)というお花とオレンジの皮を和えたもの。
アンティパストの一つ、ピットゥレ(pittule)。原材料や調理の過程を見るに、こちらが僕の知っているゼッポレ。「日本での仕事でも作っていたなー」とか感慨に浸りながら揚げました。
3月19日はイタリアでは父の日 (Festa del papà)。「ゼッポレ」というお菓子を食べることが習わしだそうです。ゼッポレにはイタリアには複数意味があるようで、甘いお菓子のタイプのものと、揚げ物があるらしく。この日食べるのは甘い方。写真はゼッポレを試作するうちにトマトソースとチーズが載ってしまった”ゼ”ピッツァ。

こんなに天気の良い日に美味しい料理を食べて15ユーロなんて安すぎると思い、「値上げしなよ!」と伝えたのだけど、Antonella曰く値上げすると誰も来なくなるらしい。プーリア、南にはまだまだ知らない価値観があるみたいです。

市場 - mercato

月曜日のメルカート。

僕はアントネッラの家に水曜日から滞在していたのですが、日曜日からインド人が泊まりに来ました。彼たっての希望でメルカートへアントネッラの車で送ってもらったのですが、彼は財布もクレジットカードも忘れてしまったんです。メルカートに着いたら着いたでお金を貸したり、英語をイタリア語に翻訳して買い物を手伝ったり。バタバタの2時間。でも、イタリアのメルカートを人に案内するのは初めてで新鮮な体験。

インドの彼は靴下やスマートフォン用のリング、Tシャツなどを買っていた。僕はお菓子を少し。ミラノにいる時からメルカートには何回も通っているのですが、食材以外のものを買うことがほとんどありません。質が不安だし、相場よりお得か判然としないんですよね。

トマトパテの塩分濃度は高くて。でも美味しい。「なぜだろう?」と不思議だったのだけど地元のメルカートで味見させてもらって理解した。日本で食べていたものよりもずっと塩分が強い。「調理で塩分を加えるときは塩そのものではなく食材に馴染んでいる塩分の方が美味しくなる」と聞いたことがあるけれど、まさにこれだと思う。

背の高いインド人とちっこいアジア人の二人は目立つのか、屋台のイタリア人のおっちゃんに声をかけられて。おしゃべりが弾んで「イタリア料理を作るよ!」と話してその場は別れて。メルカートをぐるっと一周してから別のお店でカッペッリ(ケイパー)の味見をしていたら「こいつは料理が得意なんだぜ。もっと味見させてやれよ」と勧めてくれて。その場のノリで沢山の食材を味見させてもらえた。

メルカートの入り口近く。夫婦でやっているお店。ここのお店でたくさん味見させてもらえた。ケイパー、20粒くらい盛られちゃった。しょっぱすぎ笑。
ここだけかはわからないけれどトイレが開放されていた。イタリアでは珍しい。

海 - mare

海辺にて昼食。

アントネッラのウーフのページに「海に行くこともある」とあったのですが、今は春。海はまだまだ寒い。海に強いこだわりもなかったので特に期待もせずに過ごしていたのですが、とある日のドライブ中に「明日は海に行くよ!」と言われました。当日は学校から子どもたちが帰宅するのを待ち、キャンピングカーのエンジンをかけ、さあ出発。

ララを助手席に乗せ、僕とレオーネ、ロレンツォ、ウーフに一緒に参加していたインド人は後ろの席に。プーリアの広い道路をそこそこ飛ばしながら、時には横に揺られつつ走ります。キャンピングカーには初めて乗ったのですが、後ろの座席にはシートベルトないんですね。めっちゃ怖ええ。

海辺の駐車場でたまたまアントネッラの友人のジャンニに出会い、一緒に昼食。アントネッラがご飯を作っている間に、子どもたちも昼食の準備します。椅子やテーブル、フォークやナプキンを手慣れた様子で準備します。

風が強く、せっかく温めた昼食もすぐに冷めてしまうのですが、それでも屋外で食べるのがなんともイタリア。食後のエスプレッソもしっかり楽しみ、少し休んでドライブ再開です。次に行くはGrotte della Poesia. 

Grotte della Poesiaの海辺。この日はとても晴れていた。
そこらへんに生えていたサフランの花。
ここがGrotte della Poesia. 夏になると列ができて岩の上から海に向かってダイブするらしい。

グロッタ(Grotte)とは「洞窟」の意味で、レッチェでは有名な観光地らしい。インド人が興奮していた。

僕、プーリアに来るにあたり観光地を一才調べなかったんです。「ウーフで作業しに来たし、観光地巡りする時間もないだろうし、いいや」って。でも、何にも知らずにこの洞窟に辿り着けたのがかえって新鮮で。地元民も来る観光地っていいなって思った。

ラーメンの会 - Il Ramen

世間話で「イタリア料理を作るのが好きなんだ」と話したら「ラーメン作ってよ」と言われました。冗談かな、と最初は鷹を括っていたのですが、ウーフの期間が2日前に「明日、友達が来るの。ラーメン作ってよ」と言われました。

「オーケー。何人に?」
「10人」
「10人()」

東京には沢山のラーメン屋さんがあり、そこへ通う沢山のラーメン通の友人を見てきた僕としては間違っても「ラーメンが作れる」なんて言えないのですが、こんなに良くしてくれたアントネッラ家族に恩返しをしたい気持ちもあります。

ラーメンなんて人生で一度も作ったことがないけれど理屈はわかる。やればできる!と信じて始まりましたラーメン作り。ラーメンに慣れていないイタリア人への配慮から作るのは醤油ラーメンに決定。

幸い料理人であるアントネッラの家には調味料を始め日本の食材もあります。醤油、みりん、酢、胡麻油。その他、足りない食材はスーパーやアジアンマーケットを巡り、具材を調達。豚肉、長ネギ、シイタケ、昆布、コーン。

本来はチャーシューから作って出汁も合わせて作りたかったのですが、チャーシューを作るための豚バラ肉がどうしても見つけられず。仕方なくパンチェッタを炒めて代用。パンチェッタとチャーシューって似ていると思うんです。味付けの方向性は違うけれど、味の深みや熟成感に共通するものがある。

問題は出汁。ここには鶏の手羽肉を使うことにしました。軽く塩でマリネしてから水に入れて弱火でゆっくり。味が十分に出たら昆布を入れて味に深みを加えます。ここまでで前日の仕込みはおしまい。次の日に手羽肉の骨を砕いてもう一度煮出して出汁は完成。

アントネッラを始め、多くの人にとって今回は初めてのラーメン。ミラノならいざ知らず、プーリアには日本料理店はそれほど多くありません。中にはラーメンを食べたことのある人もいますが、多くの人にとっては初めての体験。ならばこそ可能な限りのおもてなしをしてあげたい。

とゆーわけで麺も打ちました。打ったと言ってもアントネッラの家にはこね機と製麺機があるのでだいぶ楽は出来ました。以前に生パスタを作るイベントに参加して大失敗した経験があるのでビクビクしつつも、アントネッラの力を借りつつなんとか形になりました。

このラーメンはベジタリアン用。打ち粉に片栗粉を使わず、出汁は鶏肉ではなく野菜のブロード。具は卵、コーン、ラディッキオ、イタリアンパセリ。本当はほうれん草を使いたかったのですが、季節柄か土地柄か見つからず。緑色を入れたいなーと考えてイタリアンパセリを選びました。パセリって仄かな苦みがあってラーメンと合うんじゃないかなと試したらいー感じに馴染みました。

前日にシイタケの出汁もとっておいて、シイタケはみりん、醤油、胡麻油で炒めて擬似しなちくにしました。しなちくってラーメンにとーっても大事な要素だと思って。

ラーメンはベジタリアン向けと2種類用意したのですが、これが意外と大変で。下拵えだけなら大したことはないのですが、出汁を2つ温めなければならなくて、その上、通常用の麺の打ち粉に片栗粉を使ってしまったので先にベジタリアン用から茹でなければならない(ベジタリアン用の麺はセモリナ粉を打ち粉に代用した)。

ベジタリアン用のラーメンは3食分作ったのですが、特に嬉しかったのはロレンツォが気に入ってくれたこと。ブロードを存分に使った料理に馴染みがなかったのかお代わりするほど喜んでくれました。

ベジタリアン用ラーメン。
最後に自分の分のラーメンを茹でて席に着いたら拍手喝采。日本で料理会をしていた時にもありましたが、作った料理を心から喜んでもらえるのは嬉しい。

ゲスト - Ospiti

プーリアでの初めてのウーフ体験で得たものは数多くあるのですが、その中でも印象に残っていることの一つは一緒に滞在していたインド人とのこと。自分の滞在の仕方とインド人の滞在の仕方で違いが本当に大きくて。

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