テスカトリポカは宣教師に悪魔と見なされた

テスカトリポカはアステカ人に魔王と呼ばれた」の項からの続きになりますが、テスカトリポカは宣教師に悪魔と見なされたこと自体は事実です。しかし、テスカトリポカだけが殊更に悪魔扱いされていたという訳ではありません。しばしばテスカトリポカは邪神であったので宣教師にも悪魔と見なされたというような説明がされますが、宣教師からすれば先住民の神々は全て悪魔でした。
 現代では悪神テスカトリポカの敵対者である善神とされることの多いケツァルコアトルも、例外ではありません。『マリアベッキアーノ絵文書』fol.60vには「この悪魔はインディオの神々の1人だった。彼の名はケツァルコアトルだった」と書かれているし、サアグンは『フィレンツェ絵文書』第1書補遺において「偶像崇拝者が崇めるものは全て悪魔である」と言っています(サアグンは、ウィツィロポチトリとケツァルコアトルは悪魔の仲間のただの人間だとしています。トルテカ王やメシカ人を導く者であった彼らは普通の人間でなければならない、彼らの神性は特に否定しなければならないと考えていたのでしょう)。
 Wikipediaに「キリスト教の宣教師たちによって悪魔とされた」「ヨナルデパズトーリ(Youaltepuztli)は、テスカトリポカの化身の一つであるとされる。1928年に出版されたカトリック神父でありオカルト研究家モンタギュー・サマーズの吸血鬼を扱った著書(中略)の中で、テスカトリポカは地獄の王でメキシコ人の魂を集め、その姿は蛇の尻尾を持った小さな悪魔であると紹介されている」とあります。ここで言及されているモンタギュー・サマーズの著書『吸血鬼 その同朋と血族』の該当箇所は、より詳しく紹介すると「メキシコの神々のうちで最も強力であるだろうがためにおそらく最も恐ろしいのは、ベルナール・ディアスが「そしてこのテスカトリポカは地獄の神で、メキシコ人の魂を受け持っていました。そして彼の体は蛇の尾を持った小さな悪魔のような像に取り巻かれていました」と述べるところのテスカトリポカであった」といった感じになります。つまり、「蛇の尻尾を持った小さな悪魔」とはテスカトリポカを取り巻く像のことでしたが、Wikipediaではテスカトリポカ本人だと誤解されているのです。ちなみに、モンタギュー・サマーズが引用したベルナール・ディアスの記述は『メキシコ征服記』第1巻第92章にあります。岩波書店の大航海時代叢書から全訳が出ているので、Wikipediaに書く前にそちらを参照すれば、この誤解は防げたのではないかと思います。

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